第443話 月面守備隊、初出動(前編)

 月面軌道でナオミの試練の成否を待っていたギャダという「プレデター・ヨース」は、ナオミの失態(※)をカバーするため、人類の月面第二基地に降り立った。

 ※ナオミの失態とは試練中に猟犬ヒョルデを召喚した事ではない。それは単なるだ。失態というのはそうではなく、ヒョルデを地下基地に寄越すために彼女の宇宙船が知らず知らずに人類のドームを突き破ってしまった事である。自動操縦の宇宙船は指定された座標(地下基地への非常口の真上)に移動しようとして、まるでタイタニック号が氷山に気付かずぶつかるようにドームを破壊してしまったのだ。

 そして、こうした失態の証拠を隠滅すべくギャダは第二基地で大いに暴れ、全職員を惨殺し、全ての施設を灰燼にしてしまったのだ。サウロイドの地下基地から打ち上げられた脱出カプセルの窓からアニィが見た光景はこうして作り上げられたわけだが……

 一つ疑問がある。

 読者の皆さんも「これって証拠隠滅になっている?」と思ったに違いない。その通りである。所詮は若者ヨースの浅知恵だった。確かに“そこにいた”目撃者は皆殺しにしたが、それでプレデターの存在が隠しきれるわけはない。ギャダは自分達と同等の科学力を持つ者が自分達と同じようにこの基地を見張っていた事を予期していなかったのだ。

 そう。DSL -Deep Sea Lives- 海底人である。

 初めて捕捉した謎の宇宙人に、彼らのあの今まさに瀬戸の渦潮のように大混乱に陥っていた。当直の一人の好戦的なイルカ人間は「謎の宇宙人が独りのいま、急襲して捕虜にして正体を確かめよう」と主張し、当直の一人のアシカ人間はそれを何とかなだめながら、オルカ王子ことセイバーモノクロームらほかの主要メンバーが起きてくるまでの時間を稼いでいた。海底人こちら海底人こちらで大変面白い事になるのだが――

 視点カメラを移動する前に、先に人類チームの動向を描写し終えたい。

 アニィとブルースが、どうなったかだ。


――――――


「第二基地から何か打ち上がりました!」

「”何か”だと!?」

 疾走するオープンカー型の月面車の上で装備を確認するため視線を落としていたジャン少佐は、マイルズ中尉の叫びを聞いてバッと視線を上げた。

 マイルズ(そう。あの二番艦デイビッドのオペレータの彼である!)が“何か”という不明瞭な表現をしたことは逆に只ならぬ事態である事を如実に伝え、ジャン少佐に新型の“ムーンライフル”の確認を放っぽり出させることに成功した。

「あれか!?」

「はい、私が気付いたときにも既にほとんど打ち上がった後でしたが…」

「下から昇ってくる軌道の、最後の一端が見えたのだな!?」

 ジャンは強いフランス訛りの英語で言った。

「そうです!」

 下っ端のマイルズが”中尉”であるように月面にいる人間は皆エリートで語学も堪能…それ故にジャンのような訛りが強い英語を使う人間は珍しい。インド人のアニィや、日本人の真之の方が遙かに英語が上手いほどだ――と思いながらマイルズは答えた。

「うーむ…。 ブースターは噴いていないな」

 ジャンが視線を上げた頃には、もうその“何か”はマイルズが言うように打ち上がったことは認識できなかった。

 いま月面車は三台が併走している状態なので危なくて運転手は前を向いているが、それ以外の汎用荷台(マルチカーゴ)に乗った全員がジャンと同じように月の空を見上げている。この月面車は、静の海というに向かって地球からのマスドライバーでぶっ放され(とはよく言ったものだ)クレーター内に落着する資材を回収するトラックであり、かなり大型なので一車両に8人ずつ乗っている。

 この24人は揚月隊を再編して組織された月面守備隊であった。

 そしていま彼らが目指しているのは、もちろん第二基地である。我々のように地下でが起きたのは知らないが、ともかくナオミがやらかした大量殺人は第一基地も感知していて、その救援に向かっているのだ。月面服も戦闘用、揚月隊のデータを基にしたバージョンアップ版でライフルも先に述べたように新型で初の任務にやる気満々である。


「まて、やけに遅くないか…!?」

 と、目のいい誰かが気づいた。これはなかなかすごいことで、対象物がない宇宙の背景でそれを感覚でわかるのはある種の才能ニュータイプである。

「高度は?」

 ジャンが特殊双眼鏡を構えているマイルズに訊いた。

「200m!確かにこの速度では落ちてきそうです。周回速度には全然足りない…って、あ!」

「どうした?」

「この方位は第一基地です!」

「なに!?」

「あ、いや…まぁ直撃ではありませんが…」

「うぅむ。だが偶然でもないだろう。となると第一基地を狙ったサウロイドの下手なミサイルか? …よし!止めろ」

 ジャンは通信でいうだけでは飽き足らず、運転席の背もたれを叩いた。


 一行は第二基地まで4km、第一基地まで3kmというちょうど真ん中のあたりで停車した。月は半径が小さいので3kmも離れるとそれらの人工物は地平線の下に沈んでいて、周囲は360°灰色の海だった。

。あれを追うんだ」

 皆の中に、声にならないどよめきが走った。マイルズのように「危なそうだから嫌だ」という臆病などよめきもあれば、「第二基地を助けに行かなくていいのか」というどよめきもある。それらを隊長のジャンが統括した。

「仕方なかろう、いま月面でスイスイと動けるのは俺たちしかいない。あれが機械恐竜テクノレックスやら何かの攻撃兵器だったら第一基地が危ないだろう」

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