第59話 ディープシーライブズ(前編)
[ひっちゃかめっちゃかだな!]
白磁のような滑らかな宇宙服に身を包んだ男 ――いったん男という事にしておこう―― が、ティファニー山の山頂に仁王立ちしている。
[笑い事ではありません]
その男の後ろには一回り小さな体の男 ――これまた男という事にしておこう―― がいた。従者であろう。
同じ系統の宇宙服を身に纏っているが、完全にツルリとした男の服に比べ、従者の方はトンファーのように肘から手首にかけての尺骨の部分にボウガンのようなワイヤー射出機構が見えて、より実務的な、もっと言えば攻撃的なデザインになっている。
それは紛れもない凶器だが、その事は我々を少し安心させた。用途が分かるというだけで安心に繋がるものだ。
[さて、あれはいったいなんだろうな!]
男は例の動く丘を顎で指しながら、質問なのか自問なのか分からない語気で剛胆に笑った。
男の身長は3m近くあった。
骨格は人間に近いが、鎖骨の構造が違うのか、腕は体の側面からではなく少し前方に出ている。立ち上がった時の熊を想像して頂きたい。そんな、少し前方を向いた腕のつき方である。だが同時に、熊との決定的な違いとしてそれぞれの四肢が優美に長いという点があった。
男の方は手ぶらで、持てあました腕を体の前でクロスしているが、それは腕組みを通り越して、左手を右の肩甲骨に、右手を左の肩甲骨に置いている形になっていた。人間でいえば、ヨガのストレッチの一つのようなひどく体を縮込めるような格好なわけだが、腕の筋肉が発達しているせいで男の威風は損なわれていなかった。
そんな変わった腕組みをしている男に、従者が応えた。
[ダイオウグソクムシに似ていますが]
[いいな!無駄な推測を挟まぬシンプルな答えだ]
[はぁ…]従者は困惑した。
ティファニー山の上から見ると、動く丘の後ろに這いずり回った跡が残っているのがハッキリ分かった。その足跡を見るに、動く丘はホール3仮設基地のすぐ近くの地中から現れた後、どこを目指すわけでもなく迷走したようである。一度、ホール3から離れる方向へ針路を取ったものの、Uターンするように戻ってきた形である。
這いずり回った跡の迷走ぶりは、おそらくどんどん衰弱している事を示しているのだろう。
[30mはありそうです。約200トン]
従者は動く丘の体長と体重を測定結果を伝えた。
彼のヘルメットの中、バイザーの裏側にはコンピュータの試算した諸数値や、足跡から推測した動く様子のCG映像が半透明のホログラムで表示されている。こうしたヘッドアップディスプレイという発想自体は人類も持っているが、技術的には人類の100年ぐらいは先を行っているようだ。
しかし一方で男は、こんな洗練された技術を扱う種族の首魁としてはそぐわしくない剛胆さで切り捨てた。
[雑魚だな!]
[体重が驚異的ですが…]
[あっちのヤツはどうだ?]
あっち、が従者のヘッドアップディスプレイにも共有された。
視線を分析することで意識を向けている対象を特定し、その情報をほかの者のディスプレイに一瞬で共有する機能があるようだ。
従者のヘルメット内のディスプレイ中に、方向を示すシンプルな方向指示線が立体的に走ると、それが彼の視線を無意識の内に誘導した。飛び込み選手の肢体のような、贅肉をそぎ落とした美しいUIである。
[ああ…ヤツですね?]
[そう!]
今度は従者の視線が首魁の方にも共有され、お互いが何を見ているのかが一致した。テレパシーとまでは言わないが、とても便利な機能である。
[ヤツが我々の神かな?]
彼らがいうヤツのエースの事だった。
エイリアンとの戦いを終えて荒涼とした月面にポツンと立ち尽くすエースは、ティファニー山から監視されている事には気付かず、例の動く丘こと巨大なダイオウグソクムシの方を凝視していた。
[そうだとしても…まだ]従者は首を振った。[神の卵というべきでしょう]
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