第220話 サウロイドの世界でもリンゴは落ちる(前編)

 サウロイドの渾身の7連レールガンが月の低空軌道を航行する三番艦ソロモンに殺到した。

 三番艦は、その堅牢で新幹線のように尖った船首クチバシでレールガンを受け流すも、さすがの衝撃で機能不全に陥ってしまった。力なく自転している三番艦は、いま追撃を受ければ一巻の終わりである。だから――


 そんな三番艦を守るべく、隣を航行する二番艦デイビッドは地上に向けて120mm砲の発射を急いだ!


「砲撃、いけます!」

「了解!確認は飛ばしますよ!?司令!」

 艦長の真之は、確認をスキップさせてくれ、と異例の誓願をした。

「よぉし!かまわん、撃てー!」

 司令のボーマンもそれを即応した。失敗時の責任の所在を決めておく、という下らない議論をしている暇はなかったのだ。

 

 ――――――

 ―――――


『カウンター、来ます!』

 同じ弾丸でも、人類の榴弾はサウロイドの鉄心レールガンより合理的かつ野蛮であり、火を伴うためにサウロイドの脆弱な管制システムでも簡単に観測ができた。

『ほぼ直上です!』

 サウロイドの基地から見て、太陽のように東の空から昇って空を横断しているは今ちょうど正午の位置にあった。

 つまり、この「竜と猿のPK戦」は半分を折り返している。


『どこが狙われていますか?』

 レオが質問する。

 人類の120mmはレールガンの1/5ほどの弾速、マッハ4ほどなので月の重力での加速を加味しても着弾まで時間がある。

『射線を分析中!お待ちを!』

『了解。狙われている砲台は、迎撃を試みてください』

『承知しました』

 ザラ砲術士官長代理も、これには素直に頷いて同意する。「どうせ被弾して破壊されるなら、ダメ元で空中での迎撃を試みるのも良いだろう」というワケだ。

 マッハ4で降ってくる120mm榴弾、つまり正面から見てわずか直径12cmのまとに当てるというのは無理だろうが、彼らのレールガンならあるいは……


『撃ってきたのは「甲」ですね?』

 レオはもう一人のオペレータに訊ねた。

 乙に渾身の七連砲を浴びせたばかりなので甲に決まっていると分かっていたが、念のための確認だ。

『そうです!』

『乙はこちらの攻撃を受けて沈黙中!…ただ』

『ただ、なんです?』

『やはり爆散は確認できていません…!』

 それを片耳で聞いた司令室の面々に「爆散していないだと」「効かなかったというのか」「もうおしまいだ」といった絶望に近いドヨメキが走った。


『司令、これはもしや…』

 ザラはレオに視線を向けて少しボリュームを高くして言った。その言葉はレオに向けたモノであるが、同時に周囲にを兼ねていたからだ。

『我が方の攻撃を受けて敵艦が沈黙するのは……信じられない事ですが、ダメージがあるからではなく姿なのだけかもしれませんよ?』


 『……!』

 レオの中で雷雲のようなエネルギーを蓄えたモヤモヤが成長していく。


 それと同時に、オペレータの一人が隣の席の同僚に対してヒソヒソと呟いた。

『そうか。宇宙で質量攻撃を受け止めりゃ、そうなる…』

『ああ。宇宙じゃ踏ん張りがきかないからな。ビリヤード(※)みたいな動きになるはずだ』

『そうだな。星の舟が信じられないぐらい固くてさ、もしレールガンを受けても壊れないんだとしても……その衝撃は必ず移動となって現れるはずだ』

『ああ、そうだな』


 ※サウロイド世界でもビリヤード的な遊びがあるので、ここではビリヤードという単語に近似させて頂く。ボールにボールを当てて反射を愉しむ…というのは、たぶんどの知的生物も思いつく遊びなのだろう。


『そうか…!』

 オペレータのヒソヒソ話を耳にしたとき、レオの中で育った雷雲アイディアが閃光となって走った。

『ビリヤードみたい、と言いましたね!?』

『は、はいそうですが…』

『あぁ、なぜ気付かなかったんだ…』

 レオが頭を抱えて自分を難詰しようとしたとき、同時進行していた敵の砲撃の件が動いた。


『射線分析でました。着弾予想地点は4番砲台!』

 管制官が振り向きつつ叫んだ。それに砲術士官副長が応じる。

『4番、迎撃だ!撃ったら避難!』

『り、了解!』

 すぐさま、ズゥン…という4番砲台がレールガンを発射した事の分かる微震が基地中に走った。だが迎撃が成功する希望は薄い。ミサイルを迎撃するのとは違う。弾と弾を空中でぶつけるのは――

『まぁ、無駄だろう』

 ザラが皆の気持ちを挫く事も辞さずに言う。彼の興味は破壊される事が確定している4番砲台より次の一手だったのだ。



『司令』

 ザラは4番砲台の事など無かったかのように言った。

『なにか良案が浮かんだのでしょう?ビリヤードうんぬんの話を聞かせてください』

 一方のレオはザラの問いかけに対し「ええ」と一言だけ相槌して足蹴にすると、オペレータの一人の椅子の背もたれに手を置いた。

『最初の攻撃の分析をできますか?』

『え…?はい』

 司令から直接の質問にオペレータは動揺するが、すぐにキーボードを叩いた。

『望遠ですから荒いものの、映像はあります。で!どのように?』

『敵の舟はどのぐらい動きましたか?攻撃の前と後で』

『え-、そうですね…』

 オペレータはモザイクのような映像をキーボードで1コマずつ送り、目視と経験で解析した。

『動いていない気も…。あ、いや…』

『ざっくりで構いません!』

『いや!動いていますね。敵艦の形状から予測される質点が3mほど動いています。あとは角速度60ラジアンほどの回転運動に吸収され形です』

『たった…?』


――マッハ20の鉄心レールガンを7本もぶつけて、3mしか動かなかった?

――鉄心は一本、重さ35kgもあるんだぞ…!?


『すると敵艦の重量を100トンとした場合、鉄心が与えた衝撃はどの程度と見積もれますか?』

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