第288話 希少動物

 ズゥゥゥン!!

 月面基地で爆発が起きた――。


 A棟を捨ててC棟に戦力を集中する…という焦土作戦が実行に移され、その手始めにA棟に12基ある液化酸素タンクの1つが爆破されたのである。

 破壊されたのは酸素タンクで爆薬ではないし、周囲が極寒の月面なので気化する勢いは弱くそれほどの大爆発にはならなかったが、その震動は遠く離れたC棟でも震度2ほどで体感された。


 十字の形をした月面基地の北がA棟で南がC棟になる。

 C棟は地上一階、地下二階の学校の校舎のような‟ようかん”型の構造であり、それはA棟B棟と同じだが長さはずいぶん違った。

 B棟は長さが800mもあったが、C棟は150mあまりしかないのである。

 ちなみに150mがどのぐらいかと言うと、一般的な駅のプラットホームは10両編成の列車を受け入れるものだと250mだそうだ。つまり大きな学校なら本当にありそうなサイズ感を持つのがC棟であった。

 たびたび「月面基地は十字の形をしていて北がA棟、東がB棟、南がC棟、西は建設中のD棟」と説明してきたが、実際にはかなり歪な十字の形というわけだ。


 C棟の南端には絶対防衛対象の次元跳躍孔ホールが封印されており、北端はもちろん十字の中央に相当する大広間「ジャンクションホール」に接続している。そしてもちろんC棟とジャンクションホールの間には分厚いゲート(防火シャッターのように縦に下りるようになっている。一枚構造なのでエアロックではない)が下ろせるようになっていて、それが仕切りになればC棟は独立した1棟になって密閉を確保する事はできた。が――


 しかしいま、それはまだ下ろされておらず、それを降ろすかどうかでゲート付近に屯するサウロイド達は大混乱している


 ようであった――というのは、その会話を聞いているのがネッゲル青年であるからだ。

「何を言っているんだ?」

 サウロイド達は「A棟からまだ人が来るなら、上げ下ろしに時間のかかるこの大ゲートは上げておいた方が良いだろう」「しかしすぐ右横のB棟側のゲートの前で戦闘中なのだ。危ないかもしれない」といった事を相談していたのだが、もちろんネッゲル青年にサウロイドの言葉は分からない。

「声は綺麗なのだがな。やれやれ全くわからん…」

 ネッゲル青年は途方に暮れたが、よいこともあった。


 脳震盪はほぼ回復し、意識はかなり鮮明クリアになってきたのである。

 三半規管は自分がを伝えてくれ、触覚は両腕を割に簡単な拘束がされていることを伝えくれ、視野は尻尾の有る恐竜人間と尻尾の無い鳥人間がいることを教えてくれた。

 まだ視野が呆けているのは、それは意識が朦朧としているからではなく、天蓋キャノピーの透明度が低いせいであった。強化プラスチックかなにかだろうが、そういう化学系の技術力は低いのがサウロイド文明である。


「さて…」

 彼は短く溜息をついて、天井を仰いだ。


 そう、彼はいまのである。

 彼はミイラのようにカプセルに収められ、そのカプセルは一昔前の家庭用のガスボンベのように猫車で搬送される仕組みだった。そして研究室らしきあの場所を出る時に搬送のために睡眠ガスでも吸わされたのだろう――なぜなら、ここに来るまでの記憶がちょっと飛んでいたからだ。(サウロイドは麻酔に関連しては技術が進んでいた。なにせちょっとした怪我でも麻酔をして休養させてしまう文化である。だからこそ人間という別種の生物にも的確に麻酔を使えたのだろう)


「さて…どうしたものかな」

 彼は月面基地の天井を見つめながらアトランタの実家で飼っていた鳩の事を思い出していた。


――あぁ。

――まさか自分が捕獲される日が来るなんてな…

――しかも鳥人間の月面基地でだぞ?

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