第348話 宇宙服なのか裸なのか それが問題だ 

 月の地下洞窟で――

 全身をで身を包んだ謎の人型生物に襲撃されたブルースは、大抵の映画なら最初の犠牲者になるべきところを、持ち前の圧倒的な格闘能力コンバットスキルを披露してそれを容易に撃退してしまった。

 もしその敵がスナイパーライフルとかレーザーガンを用いて奇襲でもしてきたら、いくら達人の彼でも話は別であっただろうが、不思議なことにその敵は‟槍”で肉弾戦を仕掛けてきたのである。

 月の地下で、まさか槍を用いる新たな宇宙人と出会うとは……恐竜人間ラプトリアン鳥人間サウロイドを捕獲した2034年の人類でも、想像だにしていなかっただろう。



「……アニィ、聞こえるか?」

「聞こえる!聞こえる!突然切らないでよ!」

 肉弾戦に際して、ブルースがトランシーバーを切った事に、地上のコントロールルームにいるアニィは不平した。

「すまない」

「それで大丈夫なの!?」

「ああ」

「エイリアンは!?」

「倒した。大丈夫だ。それで…」

 ブルースが喋ろうとするも、多弁で有名なアニィはそれを遮った。若く小柄で可愛らしい彼女だが、性根は今も出身地であるデリーのスラム街のおばさんである。

「良かった!でも、アナタもやばいわ。どうやらバッテリーに異常が起きてようで…」

 アニィはコントロールルームのモニターを確認しながら続けた。

「こちらから見ると予備電源になっているわ」

「わかった。わかった。それで…」

「待って、直せないかしら? 液漏れはないようよ!」

格闘家おれが直せるわけないだろう? …ちょっとコッチの話を聞け」

 ブルースがため息交じりに続けた。

「まず、エイリアンは、まだ生きている」

「生きている!? 倒したと…」

「倒したようなものだ。いま目の前で悶え苦しんでいるんだ」

「人間ではないのね? 間違いなく」

「ああ…。俺もそれは疑った。俺達にも秘密の任務にあたっている特殊部隊とか、あるいはサウロイドの科学力や資源を盗むための産業スパイとかな」

「でも違う…!?」

「ああ、違う。体型こそ似ているが、


――――――


 その謎の生物は相変わらず、殺虫剤をかけられた虫のように無意味に両方の腕で頭を擦り回していた。身長は1.6mほどで硬質の宇宙服を着ているのか、体はツルリとしており体毛はない。安いアクションフィギュアのような異常な筋肉の付き方をしていて、上腕や腿はガッチリしているのに膝や肘などの関節部分だけは極度に細く、ウェストなどは30cmほどしかなかった。

 尻尾は無く、背中には野道を走るランナーが背負うバックパックのようなちょっとした膨らみがあった。しかし目を見張るのは……

「6本ある…!?」

 このときブルースはその生物の4あることに気付いた。

 「白日はくじつの元に晒す」とはまさにこのことで、戦っているときには気づかなかったが、ライトでじっくり照らし出すと、その生物には足を合わせて6本のが在ると分かったのである。両足両腕のあるべき位置はほぼ人間と同じで関節も似たような向きだが(シルエットだけならサウロイドよりむしろ人間に似ているほどだ)その背中の、まるで天使の羽根のような位置に追加で2本の小さな腕があったのだ。


「6本…? エイリアンの腕が!?」

 アニィは声だけを聞いているので、状況がつかめない。ヒステリックに叫んでブルースに説明を求めた。

「…そうだ。足が2本に腕が4本。2。小さいが、本当に腕が4本あるぞ…」

「そんなまさか!?」

 アニィは続けた。

「私はその地下にいる何かというのが、サウロイド達が自分達の世界から連れてきた猟犬、つまり私達の知らない進化恐竜とか、あるいは自律行動を続けている機械恐竜テクノレックスだと思っていたのよ」

「ああ…俺も大体同じだ」

「でも、その6本足は違う。完全にを歩んだ生物よ…!!」


――――――


 我々のために補足しておくと、ブルースの眼前にいる生物はエイリアンでもない。

 あのエイリアン(本作は二次創作だ。エイリアンといえば、映画エイリアンに出てくるクリーチャーを指す。酸の体液を持つ”アイツ”だ)も虫に似ているが、手足は4本だ。

 ……いや、もしかすると宿主次第では6本足のエイリアンが生まれるかもしれないが、それはさておき、ともかくブルースの前に居るのはエイリアンではないようだ。

 なんといっても、エイリアンは使


――――――


「別の進化系譜を歩んだ生物よ…!」

 というアニィの言葉にブルースは頷いた。

「俺もそう思う…」

 そして頷きながら、彼は容赦無げに腰の拳銃を手にした。現実主義者である彼は、格闘家であるという無用な矜持に縛られる事はなく、距離を置いて銃で倒そうと考えたのである。彼は左手には奪った槍、右手には銃…という万全の姿勢で、のたうち回るその生き物に対峙した。

「アニィ、捕獲は難しそうだ。このまま殺す。なるべく原型サンプルが残るように努力はしよう」

 彼はそう言うと、引き金に指をかけた。

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