第349話 その槍の刀身には未知の文字が掘られている

「そのエイリアンは別の進化系譜を歩んだ生物よ…!」

「あぁ、俺もそう思う…」

 月面の地下空洞の深い闇の中で奇襲してきたエイリアンは、シルエットこそ人間にそっくりであったが、2使伸びでていた。腕に見える何かではなく、細く貧弱だが、ちゃんと関節も指もある正真正銘の腕である。

 四肢…という言葉あるように地球の脊椎動物は基本的に4本の手足を持ち、退化こそすれどそれを超えるはずはない。しかしブルースに返り討ちにされて、彼の目の前で蟻に似た宇宙服を着た宇宙人は、まぎれもなく6本の肢を持っていたのである。


「やれやれ…」

 第二月面基地の研究者連中の健康を管理するため運動機能の理学士トレーナーとして赴任してきたブルースは、どんな神の悪戯だろうか、音信不通になった地下空洞の発掘チームを助けに赴けば……そのままサウロイドやラプトリアンではない人類初の完全に別種の宇宙人と遭遇したわけだ。

「しかし、捕獲は難しそうだ」

 ブルースは左手にはその宇宙人から奪った‟槍”、右手には拳銃という出で立ちで、うずくまっている宇宙人を見下ろしながら続ける。

「このまま殺す…なるべくは原型サンプルが残るようにしよう」


 彼は引き金に指をかけた。

 しかし、その宇宙人は不思議な事にようで、銃口が完全に自分の眉間を狙っていると分かっても何もせずブルースを睨み続けているだけだった。頭をひどく負傷しているがまだ戦う事はできるはずなので、おそらく「槍が突かれたら回避して反撃だ」とでも考えて力を溜めている様子だったが、まったく見当違いである。

「…憐れなヤツめ」


 バーン!


 ブルースは、そのまま容赦なく右手の銃を放った。

 縦穴を通して地上の第二基地と繋がっているこの地下洞窟は、第二基地を覆う巨大ドームを加圧するための空気(窒素とアルゴン、そして極めて少ない酸素)で満たされており、ゆえに銃声は地球の空気とは違う響きで鳴り渡る事になる。その音は予測不能で様々だが、いまブルースが発射した9mm弾丸の響きは、なにかクジラが悲憤を歌ったかのような不気味なこえとなり洞窟内に染み渡る事となった。


 バーン…ワン…ワン…ワン…!

 何度かヤマビコが起きて、そしてまた静かになった。

 眼前のバケモノはといえば、頭を撃たれた衝撃で何と


――9mm程度で…?


 そう。おそらくは首関節に対して頭部の強度が高いのだろう、人間なら首はくっついたままで頭がグチャグチャになるはずだが、このバケモノは逆で、のだ。しかもだ…

「……!」

 首と体は、千切れてもなお別々に意味の無い動きを繰り返しているではないか!


 この瞬間、ブルースの脳裏に少年時代のある光景が鮮明に浮かびあがった。

「こいつは…蟻に似た宇宙服を着ているんじゃない」

 少年時代、捕まえたクワガタを持ち寄って相撲をさせていたとき、片方のクワガタの首が取れてしまった事がある。子供は残酷なもので特にそのときは笑うだけで何も思わなかったが、振り返ると千切れた頭と胴体が別々に動いていて不気味だった記憶がある。

 まさにそれがいま、目の前で起きている…!


「……なんということだ…」

「ん? やったの!?」

 少しの沈黙が続いた後、トランシーバー越しに銃声を聞いたアニィが「殺したか」と訊ねてきた。

「あぁ…もう大丈夫だ」

「よかった。こっちもリフトの修理の目処がついたわ。非番の者も含めて総出で直している。あと10分ほどで行ける」

 その嬉しい報告に、しかしブルースはピクリとも眉を動かさず、呟いた。

「アニィ。こいつは‟虫”かもしれない」

 ブルースは、暗闇の中に転がる頭と体の2つのパーツを見比べながら言った。

「ゴーグル型のバイザーがついた、変わった宇宙服のヘルメットだと思っていたが……違う、これは‟複眼”だ」

「何を言っているの?」

「この洞窟は暗すぎて、ほぼ何も見えないし……それに俺自身も何を言っているか分からない。でも俺の直感が言っている。虫だ。こいつは虫だ」

「だっておかしいわ! なぜ月の地下に巨大な虫が……」

 アニィは至極真っ当な反論をするも、ブルースは呆然としている。

 と、ブルースは不意に左手に握ったままになっている虫人間の槍を思い出し、なんとなしに刀身を顔に近づけた。そこにヒントがあるかもしれない、と思ったのだろう。

「……」

 それは紛れもなく武器として製鉄された鋼であり、名刀というほどではないが十分に研がれていた。誰かから奪ったのか誰かが与えたのか…と想像しつつさらに凝視すると、彼は刃の根元には何やらがある事に気付いた。

「傷……?いや」


――いや!

――これは刻印だ

 それは謎の文字で書かれた刀銘だったのだ。おそらく製造された鍛冶場か刀工の名前であろう!


「…!! コイツらは独自の……」

 ブルースが「この虫型の宇宙人は独自の文明を持っているかもしれない」と告げようとしたとき

「な、なに!? きゃああ!」

 一方それを聞く前に、地上のコントロールルームのアニィの方から悲鳴が響いた!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る