第350話 光学迷彩(前編)
ブルースが月の地下空洞で遭遇した謎の宇宙人は、シルエットこそ人間にそっくりだったが、追加で2本の腕を背中の肩甲骨の辺りから生やしており、その上に仮面ライダーのような複眼を持っていた。
彼はもちろん「もしこれが特異な宇宙服のヘルメットでないとするなら、俺の目の前の死体は蟻人間という事になるが……」と多少の戦慄を覚えたが、それよりももっと彼を驚かせたのは、その宇宙人が持っていた‟槍”の方であった。
「…む!?」
というのも、その槍の刀身には謎の文字で、製造された鍛冶場か刀工の名前かが刻み込まれていたのである。つまりそれは彼らが何かの文明を持っている事を示してた――!
「まさか、こいつらは独自の……!」
その未知の生物が虫っぽく見えるなぁという感想なぞより、彼らが独自の文化を築いているという事実の方に驚愕すべきなのは、
――伝えなくては!
彼は地上のコントロールルームに向けて叫んだ。
「聞こえるかアニィ!? いいか? この虫に似た宇宙人は独自の文化を持っているようだ!」
しかし、ブルースがそう言い終わらぬうちに、その報告を受けるべきアニィから
「な、なに!? あれは…きゃああああ!!」
悲鳴が返ってきたのである!
「事故か?どうした!?」
ブルースは何度も呼びかけるが、返事は無い。
「アニィ アヌシュカ!? 応答しろ!」
……なんという事か。
地上でも何か只ならぬ事が起きたのだ。しかし彼には地上に戻る術がない。
というのも、なんとそのとき例の蟻人間が新たに4人、暗闇の奥からユラッと現れたのである――!
「今日は俺の…厄日のようだ」
槍を前に構えながら及び腰で迫ってくる4人の蟻人間は、まさに雑兵といった感じで、不気味な見た目にも関わらずどことなく愛嬌があった。そこがエイリアンと違うところである。
「お前達は…蟻か?蟻の兵なのか?」
「……」
むろん4人の
「退くなら、いまだぞ? …いや分かるまいか」
ブルースはおもむろに息を思い切り吸い込んだかと思うと、次の瞬間には何とヘルメットを脱ぎ捨ててしまった!
なるほど、1対4の戦いのために聴覚と視野を確保したかったのだろう。繰り返すように、この第二基地のドームの与圧用空気には酸素がほとんど含まれておらず、窒素ばかりなので長くは動けないが…いや!たしかに「後ろに目を持つ」ような動きには聴覚は欠かさせない!
ブルースはカンフーの構えを作ると
「30秒で蹴りをつける… いくぞ!」
と、この物語で初めて感情豊かに吠えると、4人の蟻人間の方へ突進していった。むろん銃を使わないのは、次に8人の蟻人間が現れたら対処できない…という冷静な計算によるものである!
――――――
―――――
――――
同刻――!
地上もまた、のっぴきならない事になっていた。
銃声が何度かドームの中に響いたかと思うと、それを追うように何人かの「うぉぉ!」だか「うわぁぁ!!」だかの、悲鳴か怒号か判断できない奇声が空気全体を揺すった。
――地上でも誰かが戦っている!?
――でもいったい何と!?
コントロールルームにいたアニィは、ブルースにはすまないと思いつつ、只ならないそれを察して外に飛び出た。ブルースがそうであったように、第二基地は全体を直径70mもの巨大なドームによって覆われて加圧されているので、短時間なら例えTシャツでも外に出ることができるのだ。
「いったいなにが!」
しかし次の瞬間、彼女の視界に飛び込んできたのは血の噴水だった。
「っ!!」
いつかこの描写をしたことがあるかもしれないが、哺乳類である我々の強靱な心臓に押し出される血液は、ひとたび太い血管に裂け目が生じると月の重力を簡単に振り切って、5m近い噴水になるのだ。
アニィが外に出ると既に‟噴水”は大小4つ同時に立ち上っていて、見ればそれはハサンを含むリフトの修理に当たっていた技師達のようだった。彼らは、
あぁ地獄絵図だ。
と、またガンファイヤが起きた。
カッ!カッ!という激しいフラッシュは、ドームの中央、地下に降りる縦穴を跨ぐように立っている
「あれは…!?」
アニィはそのとき、階段の最上部の滑車の横まで逃げ延び階下に向かって拳銃を乱射するハサンと……
それを追いつめる空気の歪みを目撃した!!
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