第155話 これまでのあらすじ。そして白兵戦へ

 人類とサウロイド。

 その双方にとって初めての月面の戦闘は、まず月面基地の制空権を争う戦いとして幕を開けた。


 さすがの人類も狂暴ではなく、いきなり月面基地(この時点で正体は知らないが何らかの知的生物がいるはずだ)を狙うような事はせず、まずは基地を丸裸にしようとそれを守る対空砲台群を攻撃したのである。


 人類のほこは(第二、第三波の合計で)500発の宙対地ミサイル。

 他方、それを迎撃せんとすはサウロイドのたては22基のMMECレールガン砲台だった。


 この22基の砲台群を第郭という。

 元来、動く目標を苦手とするレールガンだが、砲術長のタァ少佐の指揮もあって22基の砲台は大いに健闘し、300を超えるミサイルを撃墜せしめるも一基また一基と損傷していき、人類側が第三波の発動を宣言してから1545秒後その全基が殲滅された。


 基地上空の制空権は人類側に渡った……かに見えた。

 だが実際はそうではない。月面司令のレオはまだ基地の近傍に第郭として8基のMMEC砲台を無傷のまま有していたからだ。これは、ミサイル攻撃されている第郭を見捨てる(援護射撃しない)ことで隠し通した、文字通りのである。


 だからレオとしては、人類の宇宙艦隊がのうのうと基地上空に駒を進めてくれる事を祈っていた。事実、人類はもう宙対地ミサイルを使い切っていたので第一波でやったように様子見で‟小突く”ことはできず「艦隊を進めてもいいか」という判断になってもおかしくなかった。


 しかし、人類をなめてもらっては困る。人類はサウロイドよりはるかに多くの戦争を経験してきていて老獪で周到だったのだ。


 人類はまだ宇宙艦隊キングでは近づこうとせず、レールガンの射線が通らない地平線の向こうに揚月隊ビショップを送ったのである。



 ――――――

 ―――――

 ――――


 月降下棺チェンバー

 それは文字通り、月に降下するためのビークル(乗り物と言うのも怪しいが)で、そのほかの一切の機能を有していない。

 再打ち上げ、つまり月からの帰還が出来ないのは言うまでもないが、それ以外にも補助的でも攻撃能力、酸素や弾薬の補給ストック拠点としての機能、あるいはアンテナ類での索敵、いや数日の滞在・収容すらもできない完全なカプセルである。乗組員が生き残るためには、ミッションの遂行以前に迎えの船が着陸できるよう自力でもって周囲の安全を確保するか、あるいは打ち上げ拠点まで移動しなければならないのだ。


 とはいえ理屈だけで言うならパラシュート作戦と同じであり、その点では騒ぐほどではない。……ないのだが、やはり場所が異星(月)であるというのを考えると精神的メンタル負荷は計り知れないだろう。


 22時間という稼働時間の酸素循環装置と、合計10秒の噴射ができるだけのブースターを装備した月面服はあまりにも心もとない。さながら裸一貫で月に放り出されるのだ。

 焦りや不安を「地に足が着かない」と著すのは言い得て妙であり、まさに月ではそれが現実になる。弱い重力と二重の意味で、つわもの達を追い込んでいくのだ。生半可な人間には耐えられまい。


 端的に言おう。

 揚月隊は、心身共に鍛え抜かれた屈強さが必要とされる――!



大気圏に接触」

 月の脆弱な準大気圏でもさすがに抵抗がある。1機の月降下棺チェンバーの中では四人の屈強な兵士達が嫌な感覚の振動に黙って耐えていた。

「M-17のシールドに軽微な損傷を確認。原因は不明」

「機首の方向ベクトル調整で対応する」

「了解」

「パロマより入電。敵基地に依然として動きは無し。繰り返す、敵基地は沈黙」

「各機へ。おおむね順調だ。ムーンツアーズへようこそ」

 ガタガタという轟音の中、ヘルメット内の頑強さだけが取り柄のスピーカーからは降下作戦を支援する六番艦ていえんのオペレータ達の声が折り重なる。

 と、さらに音質の悪い声が飛び込んできた。

「こちらM-5のローリー少尉だ。いま窓から僚機が見えるが?」

 六番艦のオペレータは間髪おかず毅然と返した。

「把握している。それはM-4だ」

「警戒すべき船間距離だがこのままいく。衝突の危険は無い」

 事態は同時並行で進んでいる。別のオペレータはお構いなしに話題を変えた。

「全機のブースター、最終チェック完了。問題なし」

「了解。減速開始まで、あと70ナナマル

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