第156話 降着!(前編)
人類の宇宙艦隊は、各艦の船尾に曳航していた
それはニュートン力学の賜物だった。
しかるべき位置と角度で切り離されたそれら20機の降下棺は、ほとんど自らの推力を使うことなく、慣性と重力によってピンポイントで降下したい場所へ飛んで行くのだ。はじめは無作為に散らばったように見えたそれらは、月を降下するに従って見事に適切な距離をとりつつ収束していく…。
目指すべきはティファニー山の切れ目、ムーンリバー。
月にとっての大渓谷であった。
「準大気圏に接触」
「敵勢力の動きは無い。順調だ」
「M-4とM-5は依然危険な船間距離だが、このままいく。衝突の危険は無い」
「減速開始まで、あと
ガタガタという轟音の中、ヘルメット内の頑強さだけが取り柄のスピーカーからは、降下作戦を支援する六番艦(ていえん)のオペレータ達の声が折り重なる。
月降下棺は四人乗りだが、全員が背中合わせで立っているような乗り物なので、その声に対して誰がどういう反応をしているのかは分からなかった。
ただただ皆黙って、船体のフレームと一体化した強固な手すりに掴まるだけで、あとはディズニーランドのアトラクションのように一方通行の
もっとも、屈強な彼らにとって月降下のG(重力変化)などは余裕綽々であり、おそらくはスターツアーズの方がもっとスリリングだろう。
「ふぅ……ん」
ネッゲル青年などは、暇を持て余して軽いため息を吐いた。出張に慣れたビジネスマンが飛行機の着陸間際に電子機器を取り上げられて、手持無沙汰になっている時のようだった。
特に彼の場合は席も最悪で、彼の席の小窓から見えるのは宇宙だけだったのだ。
月を周回する宇宙艦隊から切り離された降下棺は、もちろん親から継承された慣性によって斜めに降下する事になる。斜めといっても結構な角度で、ネッゲル青年はほとんど仰向けのような体勢になっていた。逆に言えば彼と背中を合わせで座っている戦友は俯せになっているので、彼の席の小窓からは視界いっぱいに月を眺める事ができただろう。
と。
「注意報!」降下作戦を支援している
「少し‟濃い”領域に掴まったようだ。M-7以降の全棺が僅かに北に流されている!どうぞ」
月の希薄な大気も、ものすごい速さで駆け抜けるとなれば無視できない抵抗になる。いまオペレータは、その大気がSAL(スーパーコンピュータ)の予想より少し濃くて針路が狂ったという事を伝えているのである。
500発のミサイルを撃ち込んだ空域だ。完全に
「M-7~M-16までが特に影響を受けている」
そんな事を言われても、月降下棺に操舵機能は無いのでどうにもならない。
「了解」これはM-1に搭乗しているノリスの声だった。ゴォォという
「最終的な誤差は?どうぞ」
「1km以下だろう。しかし落ちる場所が悪い。渓谷の上になる予想が出ている。どうぞ」
「M-7以下の各班、聞こえたな?降着後は隊伍を乱しても構わん。渓谷に飛び込め」ノリス自身も初めての月降下中だというのに、彼の指示は的確だった。
「敵の基地周辺には砲台がまだ生き残っているかもしれん。狙われるぞ」
だが所詮はレールガンだ、曲射はできない。斜線が通らなければ何もできん―― ノリスは隊員達に渓谷という自然が創り出した塹壕に飛び込むように指示をしたのである。
と。そうこうしているうちに、もう月の地表が目の前に迫ってきた。
「M-1、減速開始10秒前」
「M-1に続き、各機も順次減速。耐ショック体勢を崩すな」
「異常発生中のM-9は
「お客様の安全は保障いたします、ってな」
「では…Good Luck!」
ブシュー! ブシュブシュー!ブシュー!
ティファニー山の山肌にオレンジの花が一斉に咲いた。それは四枚の炎の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます