第76話 あっちの月で起きたこと
エースはレオの顔を正面から見据えて言った。
『月が心配でならんはずだ。今すぐにでも、あっちの地球からの攻撃があるかもしれない』
『焦っても仕方ないさ。
ホールは約1200時間周期で、まるで海の満潮干潮のように太ったり痩せたりを繰り返す。
ただし満ち欠けとは違って、その拡縮は対称性のあるものではなく、直径3メートルほどの「大の安定期」が240時間ほどに対し、直径3mmほどの「小の安定期」は700時間もある。また、それぞれの安定期中でも拡大ないし収縮という変化は起き続けるているが、そのサイズ変化ほとんど観測できない小さな値であるのに対し、一度拡大期あるいは収縮期に入ると、たった130時間であっという間にサイズが1000倍に変化する。
つまり、太る時は一気に太ってしばらく太った体型を維持したのち、今度は一気に痩せてしばらく痩せたまま…というプロセスを繰り返しているのである。
この不思議な、言い換えると美しくない拡縮の様子をグラフ化し、それに当てはまる関数を導き出す事はできる。
なにせハートの形だって関数で描けるのだ、難しい事では無い。(ちなみにハートの関数は (X^2+Y~2-1)^3=x^2y^3 はだそうである。左式をデカルト座標に描くとハートの形になるそうだ)
だが今のところ、グラフから逆説的に導出された「ホール拡縮関数」が宇宙の真理を示したり、ブラックホールの内部構造を解くヒントになったりはしていないようで、ハート関数と同じく描きたい図ありきで後付け的に調整された汚い関数に過ぎないようだ。
少なくとも、サウロイド達にとっては。
『そうか干潮か…。じゃあ、お前も暇になるな』
干潮時のホールはわずか3mmである。あっちの月に移動することはできない。だがレオにはこっちの地球でやるべき事がたくさんあった。
『とんでもない。基地の再設計や兵站の調整で仕事は山積みだ。各方面にお願いの巡礼だよ。いくら装備があっても足りないし、A棟の事故は許せるものではない。建物の設計構造を変えなきゃならない』
『そりゃあそうか』エースは我関せずというように笑った。
『気楽だな!お前は』レオは怒って見せた。
『いやいや、俺だってTecアーマーの改修について意見書を出したよ。開発部に来いって言われてね』
『それぐらい!』
へへ、とだけエースは笑った。レオが本気で怒っているワケで無いことを知っているから飄々としているのだ。ここまでは友人同士の戯れ合いのようなものだ。
『そうだ。ところで…ホール3基地はどうなった?』
『おいおい、ゾフィの事は聞かないのか?心配だったはずだ』
ここで我々の知らないゾフィという人物が登場した。頬を持たないサウロイドの「ソ」の発音は、SとZとTHの中間のような空気が抜ける音なのだが、とりあえず「ゾフィ」と記載する事にしよう。(ちなみにエース、レオときてゾフィという名前になってしまったが、これはサウロイドの名前に破裂音が無いという特徴によるものでウルトラマンとは関係がない)
『ゾフィ?いや…別に大丈夫なんだろ?』このゾフィなる人物は話の断片からすると二人と懇意にしている人物のようだが、むしろ逆に仲が良すぎるからかエースは「ゾフィ」の話など興味が無いという風に話題を変えた。『何かあったんなら、お前の開口一番がそれになっているはずだ。それよりホール3がどうなったか教えろよ。俺があっちの月から帰った後だ』
レオは首を縮めた。
鳩がクルックーと喉を鳴らしながら困ったときにやるような所作で、人間で言うと肩をすくめるジェスチャーである。彼がこうした演技めいた事をするのは珍しい。
『ホール3はな…やはり宇宙生物の巣になっていた』レオは調子を変え、重々しい口調で語りだす。『配備されていた4機全てのテクノレックスを向かわせたが一瞬で全滅した。ま、宇宙生物のエサには鳴らなかったがな』
『核爆発は?』
『それなんだ。…なぜか止まった。核分裂がなぜか止まったんだよ』
『偶然なのか』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます