第21話 エアロック

『しかし、なぜ電気系統を…』

『偶然さ』エースはきっぱりと断定した。『‟アレ”にそんな知能はない。おい、ココがよさそうだ。配管にチェッカーを設置しよう』

 一瞬、話題をすり変えられたのかと二人は困惑したが、偶然ではない、という反論する根拠もなかったので頷くしかなかった。


『設定はAuto/Extraで?』ラプトルソルジャーの一人が質問した。

『ああ、この設定…まさか役に立つとはな』

『そうですね…』

 三人は苦笑しつつも、速やかに作業に移った。

 天井や足下の点検口の扉を蹴破っては、チェッカーと呼んだリンゴ大の索敵警報器を設置していく。


 もちろんチェッカーは、ここを‟アレ”が通過した事を感知し警告するためのセンサーである。

 サウロイド独自のAIが搭載されており、今回の設定のAuto/Extraであればサウロイドやラプトリアンを除くあらゆる脅威、たとえば毒ガスなどの危険な化学物質、またはブラストサウルスなどの肉食恐竜、そして何より今回役に立ちそうな‟ライブラリに無い未知の生物”を感知できるようになっていた。

 感知した際の警報は150dBを超える大爆音のほかに電波、光、熱と多岐に渡り、どんな環境に置かれていても主に危険を伝えられるようになっている。(サウロイドは人間よりは爬虫類に近いが、蛇のように熱が見えるわけではない。サウロイドの目は人間が見える波長幅より少し紫にスライドしていて、紫外線が見えるものの寧ろ赤は見づらい傾向にあった。当然ながら赤外線は見えないため熱の感知にはサーモグラフィーが必要である)


『チェッカー、設置しました』

『下の階も頼む』

 間髪いれずエースはチェッカーを2つ投げ、ラプトルソルジャーは振り向きざまに、右手と尻尾でキャッチした。見事である。

『了解です』

 繰り返しになるが、基地のほとんどは地上階と地下階の二層構造になっている。

 二階建てというほどしっかりとした床ではなく、フェンスのような格子状の鉄の床で隔てられているだけである。彼はサッと周囲を見回し、階下への開閉口となる固定されていない鉄格子の床を見つけると、チェッカーで塞がった右手と尻尾の代わりに残された左手だけで50kgはありそうな鉄格子を段ボールのごとくヒョイと持ち上げた。

 月の重力を加味しても、さすがだった。

『設置したらお前はチェッカーの後方20mで待機だ。最終防衛線をやれ。油断するなよ。‟アレ”は巨大化している可能性がある』

 そう言うとエースはもう一人の「なぜ電気系統を狙ったのか」と質問した方のラプトルソルジャーの肩を叩いた。

『お前は一緒に来い。‟アレ”を始末するぞ』

『ハイ…!』


 しかし、勇壮な出陣というワケにはいかない。

 ここからが狭いのだ。棟を繋ぐ通路は廊下というよりパイプだった。二人は前後に縦に並んだ上に、腰を屈めながら進まねばならなかった。

 半ば匍匐前進のようになりながら、サウロイドは先の話の続きをした。

『電気系統を狙ったわけじゃないさ。たぶん脱走して配電盤の中を這いずり回っていたら、たまたま基地の動脈を傷つけちまったってだけだろう』

『そうですよね』

『そうさ。ただの寄生生物だ。だが腹を食い破るぐらいの力は持っているそうだ』

『あの大きさでですか?』

『驚異的な筋力だ』

『…の生物兵器ではないでしょうか?』

 これは人類への濡れ衣である。2034年の人類にはキメラ生物を作るほどの遺伝子操作の技術もなければ、この基地に侵攻も開始していない。

『おれもそう思う。生殖器も無いそうだ』

『やはり…』


 二人はA棟の基幹ドア(エアロック)に到着した。

 ここで地上と地下の2階に分かれていた通路は合流し、1つエアロックに束ねられる。もちろんドアは頑丈で小さな与圧室を挟むようにして二重になっている。

 A棟への出入りは全て、ここを通過するわけだ。

『待て…!ドアを開ける前に…』エースは屈み視線を床に向けたまま手を差し出した。『予備のライトを貸せ』

『どうぞ』ラプトルソルジャーは手にしていたライトをエースに渡した。『私は銃のライトを使います』

『ありがとう。お前は天井を』

 エースとラプトルソルジャーはぬかりなく、天井や床を点検し‟アレ”が抜け出した穴が無いことを入念に確認した。

 エースが知らされているところでは、‟アレ”は虫のような見た目だが子供の腕ぐらいの大きさがあったそうだ。

 もし脱走したのなら目に見える大きさの穴が開いているハズだ。もっともこのエアロックのドアを破れるとは思えないが、人工的にデザインされた生物兵器ならば、そういう事もできるかもしれない。


 緊張で歯がカチカチとなり合わさった。(人間の震えとは違う。サウロイドは、人間でいう発汗のように集中・緊張すると口を上下に微震させる反射行動があるのだ。おそらく太古の昔、まだ”サウルス”だった頃、獲物に食らいつく前の準備運動として顎をウォームアップする意味があったのだろう)

 そのためのものなので当たり前だが、警告灯の明滅が彼の神経を逆撫でする。

 また、体を伏せるという無防備な体勢をしていると不意に暗がりから‟アレ”が飛びかかってくるのではないかという恐怖に苛まれた。

 しかしともかく…


『よし、大丈夫だ。最悪の事態は避けられたな』

 立ち上がりながら言った。ここが破られていないという事は一先ず安心だ、とエースは思った。

『ドアをあける――!』

 ドアをあけるぞ、飛び出してくるかも知れないから銃を構えろ、とエースが言うまでもなくラプトルソルジャーはドアの開く側に立ち、臨戦の体勢をとった。

 銃という文化は同じだが構え方は少し違い、腕の関節の向きの都合、彼らは銃体を少し寝かせた形に構える。銃弾は施設を傷つけないよう膨張弾(彼らの特有の弾。銃口を出た瞬間に弾が膨れる仕組みで、弾着面積を広げる事で貫通力を下げる仕組みだ)だった。

『…いくぞ』

 エースがドアを開いた。次の瞬間だ。


 あっ、とラプトルソルジャーは叫んだ。

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