第20話 ラプトルソルジャー
カッカッカッ…!
エースのかぎ爪が、鉄格子作りの床(サウロイド特有のものではない。人類世界でも工場や建設現場で見られる実務的なあの床だ。軽量化されていて、階下に光や空気を通すためのデザインである)を叩く小気味よい乾いた音が、狭いトンネルのような通路に響いた。
月面ステーションのトンネル状の通路は上記の格子状の仮設通路で区切られ、二層になっていて、エースは二階部分を小走りに進んだ。
未来の月面基地と言われて我々が想像する、陶磁器のような流麗で真っ白な空間とは真逆である。
これはサウロイドの技術が劣っているからではない。
なにしろ、建材はサウロイド世界からホールを通して運ばれるのだから仕方ない。つまり直径5mのホールを通過できるサイズの建材のみで構成されているので、宇宙ステーションや月面基地の構造として我々がイメージするブロック式の建築様式をとれないのである。工場で予め作っておいたブロックを現地でくっつけて拡張していくような方法はとれず、細切れになった建材を継ぎ接ぎで組み立てているので、そのトンネル状の通路は非常に無粋なものだった。未来の月面基地というよりは、どちらかといえば予算の都合で増築を重ねた研究所のようだった。
エースは問題のA棟に向かう途中、ラプトルソルジャー(人間でいう軍曹以下のラプトリアンの歩兵)2人と出くわした。
彼らも優秀な兵士であったから、自己の判断で迅速に装備を整え臨戦態勢をとったようであったが、未曾有の事態にどうして良いか分からないようだった。
『お前ら、C棟(宿舎などの生活ブロック)から来たんだな?状況は!?』
この基地、正式には「ホール1†基地」は、下の棒が極端に伸びた十字架のような形をした地上1階・地下1階の建造物と、それを円状に囲むように配置された対空砲および天文台、レーダー群で成り立っている。
十字架の下に伸びる棒の先端は、基地で最も重要な‟ホール”を隔離封印する部屋と、それに隣接したホールの研究監視室(ここにレオがいる)がある。また十字架の下に伸びる棒と、上の「⊥」の途中には、新たに建造中のホール3基地へと延びる連絡橋が接続されていて、すこし広くなった踊り場のような場所があった。
三人が会ったのはそこだった。
『C棟は無事です!非番だった数人の研究者連中は、緊急時の避難手順に従って部屋を密閉して待機しています。30時間は持つでしょう。ただ…』
『ただ自分達は、ともかく‟ホール”の防備を固めようと…規則を破りました』
二人のラプトリアンは言った。
『構わんさ』
『それで…いったい何があったのです!?』
『通信網と電気系統がやられたんだ』
ホールの影響で電波は使えず、有線での通信しか手段がない。その有線の通信網が断絶させられてしまったようだった。
『通信と送電を一緒くたにしちまった設計士共はアレスサウルスの餌にしてやる…』
『まさか”アレ”が…!?』ラプトリアンはエースのジョークを無視して、電気系統がやられた、という事だけに反応した。
エースは少しだけ苦笑した後、すぐにラプトリアンの質問を遮った。
『いいから付いてこいよ。その‟アレ”を殺す』
エースが歩き出し、それに二人が続いた。
ラプトリアンも‟アレ”が研究所を含むA棟に収容されていた事を知っていたから行く先は訊かなかった。
つまり、行先はA棟に決まっている。
だが、代わりに『ホール3基地は無事なのか』や『いま指揮系統はどうなっているのか』など、質問が続いた。忠義に厚い軍人である彼らは、ともかくホールの安全が気がかりで仕方なかったのであろう。
サウロイド世界への異物の侵入はどんな犠牲を払っても防がねばならない。
『ホールは無事だ。あそこの監視室がいま臨時の司令所になっている』
『そうでしたか、それは一先ず安心です』
三人は小走りで進みながら会話を続けた。(なおこの三人の階級がそうであるだけで、サウロイドとラプトリアンに主従関係があるワケでは無い)
『まぁ…電気系統やら通信網がやられちまったから、司令所っていっても何ができるわけじゃないだろうがな』
『しかし、なぜ‟アレ”は電気系統を…』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます