第22話 采配
エアロックが開くや否や、あっ、とラプトルソルジャーは驚愕した。
いったい何を見たのだ――!?
が、しかし我々はここでもう一つの脅威にも目を向けねばならない。
レオが先ほど『メルトダウンが起きる』と戦慄してから、もう10分は経過していた。
そちらがどうなったかを語らねばなるまい。
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エースとラプトルソルジャーがA棟のエアロックを開けたころ、一方、レオの居る‟ホール”監視室も同じく緊張の中にあった。
『ホール3の仮設基地が、メルトダウンを起こすと言うのは本当ですか!?司令』
行き場を失って廊下に屯する人々を押し退けつつ誰かが走ってきたと思えば、それは副司令だった。
壮齢のサウロイドで、100年に迫る軍歴を持つ(サウロイドの平均寿命は250年なので驚くほどではないが、しかしだ)信頼に厚い大佐である。レオの手腕に懐疑的な一派によって推されて副司令に任命されたが、本人は至って好人物だった。
『調査中です。ところで副司令、兵は?』
レオは狭いホール監視室から廊下の彼に向かって応えた。
サウロイド世界側のホール1基地の監視室とは大違いで、ここ、人類世界側の月面のホール1†基地は全てが狭っ苦しく、監視室はレオと2人のオペレーターの三人でいっぱいで、副司令は部屋にすら入れない。
『連絡の取れた者は、すでにA棟に…』
『それはよかった。あと、電源が落ちてからエースも心配して向かいましたよ。A棟に』
『申し訳ありません。あいつめ…ここの防備をどうする気だ。ところで』副司令は部屋に入れないので、仕方なくスライド式のドアの境目を掴んで身を乗り出し、せめて体半分だけでも部屋に入りながら続けた。『調査というのは…可能なのですか?』
『ここには、司令所には劣りますがコンピュータデバイスが揃っています。それを使って生きている回線を探し、基地の各機能にアクセス。ハッキングすることで運用する…つもりです』
なるほど。疑似的にこの小さなホール監視室を司令所にしようというわけだ。
『そこまでせずとも…』
副司令は、正規の小隊を派兵したのでA棟の復旧がすぐに済むものと考えていたようだ。‟アレ”の駆除などすぐに終わる、と誰もが思うだろう。
まぁ、一理ある。
『念のためですよ』だがレオは用心深かった。
と、そのとき。
『分析結果が出ました!』画面にかじりついていたオペレータが振り向きながら言った。
『どうです?』
運命を分ける結果報告だ。冷静なレオの声にも微かな緊張が含まれていた。
『先ほどの風の成分は…やはり酸素でした。ホール3仮設基地のもので間違いありません』
『なるほど…』さすがのレオも俯いた。
『それでは、やはり。司令の仰るように』ドアを塞ぐ副司令の横からヒョイとラプトリアンの科学者が顔を出した。廊下で紙とペンで手計算をしていた科学者の一人だ。『水の精製は止まっています。冷却水不足がなければメルトダウンは避けられません。問題は残り時間ですが…!』
サウロイドの基地はマイクロ核融合炉(ワゴン車程度のサイズ。人類には無い技術であるが魔法と見誤るほど途方も無い未知の技術というほどではない。逆にサウロイドは太陽光発電の技術に遅れている)を主電源に、水素と酸素の化学反応を副電源で使っている。この化学反応の目的は電気を発生させることだが、その副産物として生まれる水はそのまま主電源である核融合炉の冷却水として使われる。(さらに、その暖められた水は月面基地の生活を支えている)
いま、その酸素が失われたという事だ。
『おそらくあと4時間。噴出した酸素の量からタンクは2つ程度健在であると思われます』
『少しは水の精製が続いているというワケですね』
レオは、顎を自分の右肩に乗せて考え込んだ。
サウロイドは恐竜が知能を発達させる方向に進化した可能性の姿だ。爬虫類類と鳥類の中間のような生物なので、時折こうした鳥のような仕草をする。
『司令…。ホール3仮設基地の人命はもう…』
長い沈黙に耐えれずオペレータが無駄な諫言を行う。その発言は、レオがホール3基地の救援の事を考えていると勘違いしてのものだった。
だが言われずともレオはもうホール2基地の滞在者は全滅したものとして考えていたので、レオはそれには応えず科学者の方へ別の質問をした。
『4時間という数字は、アナタの目でどのくらいの確かさでしょう?』
レオは首をキリッと持ち上げ、廊下にいる科学者に視線を向けた。睨み付けているワケでは無いが、半身だけ振り向いた体勢での発言のため、片目だけが向けられて鋭利な印象を強めている。しかも警告灯によって紫に明滅しつつ照らされているものだから、同じ視線上にいる副司令も少しギョッとした。
『絶対的なものですか?』レオは質問する。
『い、いや…それは…』が、科学者は言葉を濁した。
当たり前だ、言うわけがない。
『言ってください、アナタを信用します。結果が違っても責任は追求しません』それでも科学者は、しかし、などと言って押し黙った。
『手を怪我したとき…手は怪我をする動きの指示をしたと脳を責めますか?そういう事です。チームが正しくチームなら恨みっこはありません。我々は脳であるアナタを信じます』
『99%…!99%と私は思っています』
『分かりました。ホール2の原子炉を止める作戦3時間後に発動します』
レオはまず、それを宣言した。
『小一時間でA棟の問題を片付けなければならない。そしてそのためには司令系統の復旧せねばなりません』
細かな指示はしない。方針だけを示す。
ダメなチームというのは、トップが自分の能力にうぬぼれて、よく知りもしない末端にまで口出しをするチームの事だ。自分は電気系統の修理に対して技師より詳しくないし、自分より効果的にA棟の処置を行える軍人もいるはずだ。
『では、みなさんお願いします』
レオは采配を下した。
これでいったん自分の役割は終わりだ。あとは赤ん坊のように皆に頼るだけの話である。
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