第379話 その裂目から、奴らは来る(前編)
地底空洞の床を突き破って現れた鎧ミミズ(仮称)は、ちょうど電車のようなサイズと長さを持つバケモノだった。……いや正確には長さは分からない。その頭は空洞の天井を、尻尾は空洞の床に埋まっているからである。
鎧ミミズは観光客の前を悠然と泳ぐシロナガスクジラのように、目の前に月の地下に不釣り合いなホモサピエンスという珍種が2匹いようと特に興味を持たず、ズゥンズゥンと地響きを響かせながら地上を目指して体をうねらせるばかりであった。
鎧ミミズは脅威ではない。
しかしそれが巻き起こす地割れの方は二人を危険に晒していた。
「下がれ!アニィ。落ち着いて下がるんだ」
「え、ええ…!」
そう、大切なのは地割れの方向だ。
方向さえ見誤らなければ追いつかれることはない――二人は足元にビシッ…!ビシッ…!と広がっていく地割れの先端をライトで照らして凝視しながら、手を繋ぎながら後ずさりしていく。
と、そうやって地割れから逃げ切ったと思った矢先のことだった。
―――――――
カサカサ、という妙な音が幾重にも重なっている気がした。
「なんだ…?」
その妙な音は、地割れが収まるに従ってどんどんと増えていき、いよいよ、ただの耳鳴りやアンテナのノイズではないとブルースは悟った。
――何かが近付いてきている…!
しかし音の方向は分からない。月面服のマイクは左右にしかついておらず、前か後かは分からないのだ。
「ライトを!全開でだ!」
バッテリーなど気にするな、全開出力で照らし出せ、とブルースが叫ぶと、アニィはその迫力に負けて何も言わずに月面服のライトを全開にした…!
カッ!!
そのときだ!
そのとき、眼前の光景に二人は息を呑んだ。
視界に飛び込んできたのは、裂け目から這い上がってくる無数の人影だったのだ!
「なっ!!」
人型ではあるが、蟻人間でもクワガタ人間でもない!
光を反射しないマットブラックの表皮を持つ長細い体は、冬の夕焼けに物悲しく長く伸びる影のように
――ツ、ツルハシだって!?
蟻人間は6人とも同質の槍を持っていたが、この連中は持っているものが統一されていない――それがまた不気味さを演出していた!
「逃げろ!」
手足が妙に長いことから「モスキート野郎」や「アメンボ野郎」とブルースは直感的に呼び名を妄想したが、やれやれ、こんな時に何をふざけているのだろう、と自分を叱った。たぶん暇を持て余したユーモアを司る脳の領域が、他のセクションの緊急時に際して指揮系統から外れて勝手に遊んでいるのだろう。
「逃げろってどこへ!?」
「…っ!」
ブルースは振り返る。
そこに広がるのは闇ばかりだが、さきほどまでプレデターの照明弾によって照らし出されていた光景が網膜に残っていて、闇の向こうにサウロイドの基地の輪郭がぼんやりと見えた気がした。
「サウロイドの基地までだ!」
「クワガタ人間がいるのではないの!?」
アニィは後ずさりしながら、応えた。
「分かっている…! だがこの数は無理だ!走れ!」
クワガタ人間があの建物に入っていくのはブルースも見ている。
しかし”勝率”で考えるなら、この数と戦うよりクワガタ人間の方がマシだろう。モスキート人間の数は増えるばかりで、まだとめどなく続々と割れた地面から這い上がってきている。
「走るんだ!」
「でも、見えないわ!」
アニィの月面服のライトは元気だが、それでもこの地下の大空洞を照らし出すには力不足だ。視界の最奥、拡散しきったライトの光が何かにぶつかってぼんやり円を作っているようにも見えるが、それがこの地下空洞の壁かサウロイドの基地の壁かは判別がつかない。もし空洞の壁に向かって進めば、このモスキート人間の集団の挟み撃ちにされてしまうだろう。
「信じて真っ直ぐ後ろに進むしかない!」
――くそ、あの宇宙人(プレデター)の照明弾があれば……!
――宇宙人…!?
そのときブルースは宇宙人の事を思い出した。
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