第378話 鎧ミミズ
さながら「蜘蛛の糸」のように、地獄にも見える巨大な地下空洞の中を寄る辺なく一本だけツゥーーと吊るされたゴンドラ…。ブルースとアニィが地上に戻ろうとそのゴンドラに乗り移ろうとした、そのとき!
ドォォーーン!!
まるでそれを許さない閻魔の巨腕のように、ゴンドラの真下の地面を割って大型バスほどもある‟何か”が突き上がって来た!彼らの命を救うはずだったゴンドラは、まるでミニチュアのように跳ね上げられてどこかに飛んで行ってしまう。
「マシン!?」
アニィは尻もちをつきつつも、突如、目の前に現れたそれから視線は外さず、むしろ目を皿のようにしながら叫んだ。彼女の言うように、その‟何か”の体の表面は「皮を剥く前の筍」のような鱗で覆われていた。その鱗には光沢があり見るからに硬そうで、トンネルを掘るシールドマシンと言われてもおかしくない見た目である。
「アニィ、立て! さがるんだ!」
「え!?」
ブルースにヘルメットを小突かれてから、ようやくアニィは気づいた。鎧ミミズに視線を奪われていたが、むしろ危険なのは足元の方だったのだ。というのも、地下から出てきた突き出てきた鎧ミミズは積極的に二人を攻撃するそぶりは見せず、ただ前後にのたうち回りながら地上を目指しているだけだったので彼自体は脅威ではなかったが、その巨体巻き起こす地割れが間接的に二人に殺そうとしていたのである!
「どうするの!?」
「どうするもなにもない!離れろ!」
「けど地上に戻れなくなる!」
何を言っているのか!
とっくにゴンドラは吹っ飛んでいる。ワイヤーに吊るされているため、鎧ミミズが去れば振り子の原理でいずれ元の位置に戻ってくるかもしれないが、月の重力を考えると30分後のことだ。
「あとで考えろ!」
業を煮やしたブルースが、アニィの脇に手入れて無理やり引き起こし、広がりつつある地割れから離れようとしたそのとき。
――フッ…
そんな最悪のタイミングでプレデターの照明弾が尽きた。
世界が暗転すると、それはまるで蟲人族の時間が来たかのようであった…!
「ともかく離れるんだ。あとライトだ!」
二人は月面服のライトで闇に対抗した。
「え、ええ!」
「落ち着け、走る必要はない…大切なのは正確さだ」
二人は方向が分からなくならないように、ライトで地割れの先端を照らし注視しながら、その裂け目が伸びる方向と逆に後ずさりする形で、後ろ歩きで
一歩、二歩、三歩……
「どう…!?」
「あぁ、収まってきたようだ」
確かにブルースの言うように鎧ミミズから離れるほどにさすがにクレパスの広がる(地面が裂ける)スピードは鈍化していき、音にならないほど低い轟音も収まってきたようだった。
だが、すると代わりに「カサカサ…!カサカサ…!」という不思議な”乾いた小さな音”が、地響きに混じって聞こえてきた。それはタマネギの薄皮を握ってすり潰す音に似ていて、何かが擦れ合う音のようでもある。
そんな音が幾重にも重なって聞こえてきた。
「何の音だ…!?」
「地滑りで放電が起きているかもしれないわ」
「つまり、ノイズか…」
アニィの言うとおり、月面服のヘルメットが受信する電磁ノイズかもしれない。映像という常駐情報が無いのですぐに忘れてしまうが、ここは月面の地底空洞で二人は月面服を着ているのだ。
「しかし…!」
二人はともかく地割れから逃げるために後ろ向きに歩きながら続けた。ヘルメットのアンテナが受信するノイズというのは理にかなった説明ではあるがしかし、とブルースはアニィに言った。
「音が大きくなってきていると感じるが違うか…!?」
「まさか…」
「何が起きてもおかしくない…!」
アニィは「冗談はやめて」と言いたげだったが、ブルースは格闘家の勘として何かが近づいてきている事を確信した。しかし音の方向は分からない…。月面服のマイクは左右にしかついておらず、前か後かは分からないのだ…!
「アニィライトを!全開でだ!」
「え?」
「いいからやってくれ!」
バッテリーなど気にするな、全開出力で照らし出せ、とブルースが叫んだ。
「わ、わかったわよ…!」
彼の弱ったバッテリーの片方のライトではない、アニィの持ってきて間もない両肩のライトがケチ臭くなく全開出力になった。
カッ!!
そのときだ!二人は息を呑んだ。
視界に飛び込んできたのは、裂け目から這い上がってくる無数の人影だったのだ!
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