第123話 攻撃は最大の…

 サウロイドが次に発射した拡散鉄心スプレッドレールガンは、人類の宇宙艦隊の3km手前で、それぞれ重心が微妙に違う鉛筆大の鉄心に分裂するように作られていた。鉛筆大とはいえ、その豪速を以てすれば宇宙戦艦の脆弱な装甲を傷つける事は容易いはずだ。


 しかし――

 この鉄心だんがんの雨のような攻撃は確かに熾烈であるが、基本的には当てずっぽうである。撃つ方サウロイド撃たれる方じんるいにしか立っていない。


――――――

―――――

――――


「来ました!!…いえ通過!通過です!」

 標的になった一番艦アルテミス(分かり辛いがアルテミス級一番艦の名がアルテミスである)のブリッジでは管制官が事後報告する。事報告になるのは仕方が無い事だ。レールガンはいうなれば単なる鉄心、ミサイルと違いレーダーで感知するのが甚だ難しいのである。

「上空500m先を弾体群が通過しました!」

 宇宙の規模で500mであった。

 肝を冷やして体が強張るという事があるが、まさにその報告は、仲間が殺された後のヒツジの群れのようにブリッジ全体の空気を一瞬硬直させた。


 一番艦に座乗するのは参謀長のアンリで、彼はその空気の硬直に気づくや

「絞り込めェ!」と大声で叫んだ。「絞り込むのだ!」

「数は…約300!」

「300だと?」

 アンリは訊き返した。あまりに返答が早かったからだ。

「弾の数です」

「馬鹿が!!」

 馬鹿が、外れた弾の事ではない――と、このフランス系の優男のであるアンリも感情的になった。「方向だ!方向の事だ!どこから撃たれた!?」

「すでに分析中です」と一人の管制官が応えた。

「参謀!」アルテミスの副艦長であるマクシミリアンがアンリに振り向いた。「なお、弾速は遅かったようだ。四番艦エーツーが墜とされた時に比べて…」

「散弾だからか…?どの程度?」

 アンリが副艦長に訊き返した。

 宇宙戦艦では搭乗員の人数が極端に限られているため兼任が普通である。基本的に専業というものはなく、全員が全員の仕事をある程度はこなせた。副艦長も管制官を兼ねている。

 マクシミリアンは応えた。

「ドップラー観測ではマッハ19。おそらくは敢えて弱く撃ったと見えるな。月の重力の影響が強く出るように」

「そうか、という事は……」

人類はこのとき、サウロイドが放物線を描くように撃ってきた事に気付いた。

「そうだな」艦長のヴァルジャンが頷いた。「彼らから見て本艦は」

 「本艦は」の「は」の発音は、ほとんど安堵の息に紛れていた。

 彼の職務はこのアルテミスが堕とされない事であるから、当然の心弛こころゆるびである。

 クルー達の安堵に合わせて余談すると、マクシミリアン、アンリ、ヴァルジャン…と一番艦アルテミスは艦の頭脳がフランス人ばかりだがそれは偶然である。宇宙戦艦に各国の思惑や利権は絡まないため、この一番艦の建造を担当したEUですら誰一人、主要クルーがフランス人ばかりになる事を気にもしなかった。宇宙戦艦から資源は採掘されないし、EEZ排他的経済水域を拡張してくれるわけでもないし、地球圏に戻ってきても容易く撃墜されるだろうから行使する‟力”も持っていなかったからだ。英国人からしたらジブラルタルの方がよっぽど関心ごとである。


 閑話休題。本筋に話を戻す――。

「あぁ…神の思召しだ」ヴァルジャンは溜息交じりにそう言って、管制官の計算結果を待つ間、チューブのコーヒーを一口やった。「彼らのレールガン砲台から射線は通っていない、直線的には。つまり我々の…逃げる方向が合っていたようだ」

「ええ。あとはランダムに増減速と蛇行をしていれば大丈夫でしょう。よほど不運でない限りは」マクシミリアンも頷く。

「しかし」しかしアンリは安堵する二人とは対照的に厳しかった。「このランダム航行は長くは続けられん。かといって。遠いという事は射角が広くなるという事だからな。つまり我々に残された道は――」


――攻め切るだけだ。

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