第122話 拡散鉄心 -スプレッドレールガン-

 月の重力を利用して、星の裏側に隠れようとする人類の艦隊への曲射が行われた。

 MMECレールガン砲台は重力による放物線が強く出るように、敢えて弾速を抑えて鉄心だんがんを放つ…!

『14~22番、一斉発射!』

 ユノ中尉が叫び、司令室の面々は「頼むぞ」や「やっちまえ」といった思い思いの祈祷を行った。


 ――しかし。

 司令官のレオだけは、もうには興味を失ったというように別の事をオペレータに尋ねた。

『基地の被害の…追加情報はありますか?』

『え?』オペレータは驚いた。じんるいの宇宙船を追撃しているという今そのときに、司令自らが基地の被害状況を案ずるのは奇妙だったからだ。『は、はい。工兵からの報告によりますと、Cの1~6、そして33以降の区画の安全を確認できました。つまり敵のスーサイドロケットミサイルはC棟の付け根あたりに当たったという事ですね』基地の‟外”の状況を司るのが管制官だとするなら、基地内の状況を司るのがこのオペレータの仕事である。


『ビッグ・バグのサンプルが失われてしまいましたね…』

 その報告を横で聞いていた歩兵長のモアが、レールガンの結果は祈っていてもも仕方なしと割り切って、こちらの会話に割り込んできた。

『いえ、よかったかもしれません』レオはそう応えると顎を肩の上に置いた。眠いのではなく、これは人間でいう腕組みに相当するジェスチャーである。『もし基地内での白兵戦になったときを考えれば…C棟の突端にある次元跳躍孔ホールは陸の孤島となったわけです』

『それは…』

 モア歩兵長はそのな合理主義的な言いように少し狼狽えた。

『守りやすいことこの上ない…でしょう?歩兵長?』

『え、ええ…』

 レオは、7~32区画で死んだ者への悼みを押し殺し、自分のために冷淡に言い放った。そうでもしなければ――

 そうでもしなければ、C棟に居たはずの幼馴染ゾフィの安否が心配で心がおかしくなりそうであったためである。


 レオはフラミンゴが休むときのように、顎を肩において思った。

 彼女がこの月面基地で死んだとなったらエースは俺を許さないだろうな…。理屈なんて飛び越えて「何で守れなかったんだ」とヤツは怒るに違いない…。


――――――

―――――


 すこし描写が個人に寄り過ぎた。

 20秒ほど時間を戻し、戦いの刃の切っ先であるMMEC砲台に場面を移す―――

 

 司令室を中心に半径50kmの円形に配置された砲台群(通称、第二郭)の時計盤でいう4時から5時の辺りに位置する14番から22番のMMECが一斉に火を噴いた!

 いや。正確には火ではなく余剰電力のスパークである。

 撃ち出された弾体、つまり鉄心は一射目よりずっと太く長く、であった。その代わり弾速は若干遅く、マッハ13程度に抑えられていた。地平線の向こうの目標に当てるため微かな放物線を描かせるためである。


 この少し大きめの鉄心は時限式で炸裂する拡散弾であった。

 しかし炸裂といっても、その爆発の化学エネルギーでダメージを与えるような種類のものではなくの炸裂であった。乾燥パスタの束を止めてある紙テープを剝がすようなイメージである。


 この鉄心は目標の3km手前で、それぞれ重心が微妙に違う鉛筆大の鉄心に分裂するように作られていた。

 地球と違い空気抵抗で簡単にはランダムを作り出せないが、重心を変える事で解き放たれた鉛筆にランダムな振る舞いをさせる仕組みである。それぞれ数ミリの微妙な重心の違いはバタフライエフェクトのように未来へ波及し、3km先では数万倍に拡大されるだろう。


 しかし――

 この弾丸の雨のような攻撃は確かに熾烈であるが、基本的には当てずっぽうである。

 撃つ方も撃たれる方も、確率という土俵にしか立っていない。

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