第508話 反逆の日(後編)
『俺の計画は今この時代でしか実行できない』
シロイルカは短い指で足元を指して「この時代」を強調しながら続けた。
『つまり7万年前に生まれた俺を起点に言い換えれば、そのとき俺と二人の使徒は7万年後の未来にいく必要があったのだ』
『未来に…いく? そんなことができるの?』
マリーは話の飛躍に少し笑ってしまった。
というのも――ここまでの物語も一見すると荒唐無稽、良くいえば壮大だが、その仕掛け人はあくまで
つまり、この物語の登場人物たちは跳躍孔をという
『いや難しく考える必要はない』
シロイルカはゼリーボールを頬張りつつ言った。
『「未来に行く」というのは「上手に暇つぶしをする」のと同じことなのだ、本質的にはな。未来に進むタイムマシンは船内の時間の進みを遅くすればいい。パイロットの代謝と思考が7万分の1の速度になっていたら、1秒で7万年のタイプスリップをしたことになるだろう?』
ドラえもんのタイムマシンは時間を移動する機能は無いかもしれない。時間の流れを反転する機能Aと、搭乗者の代謝を下げる機能Bだけが搭載されていて――たとえば1億5千万年前に行くときは機能AをON、機能Bを1千万分の1に設定するわけである。のび太は、実際はドラえもんの座る椅子の背もたれを掴んで中腰のまま1億5千万年を過ごすわけだが、代謝と思考が下がっているので15秒の談笑の間に1億5千万年前に移動したと錯覚するというわけだ。
時間を高速移動する機能Cを開発するより、代謝と思考をスローにする機能Bの方が明らかに原理は簡単そうに思えるし、この「ドラえもんのタイムマシン」の空想はあながち間違っていないかもしれないが……閑話休題。
ここで言いたいのは「帰り」のことである。
ポイントは機能Bだけあれば未来には行けるという事だ。
『そこで、誰もが発想するのが冬眠カプセルだ。概念はわかるか?』
『ええ、私の世界にも冬眠する動物はいる』
『意識無く、歳も取らない特殊な睡眠の間に7万年が過ぎれば、それは「未来に行った」という事になるだろう?』
『しかしあなたはさっき、真の冬眠カプセルは開発できなかった、と言った…』
『そうだ。今はどうかはしらないが、俺の生まれた時代では代謝軽減率は1/50ぐらいがせいぜいだった。筋力低下などほかの問題もあって、寿命を30倍に伸ばすぐらいの冬眠しかできなかったのだ』
『それでも十分に思えるけど? 2日寝れば冬を越せるわけでしょう?』
『キュキュキュ! わかっていないな。サウロイド文明にもSF小説はあるはずだが?』
『フィクションは読まないのよ。私、ラプトリアンだし』
『やれやれ、いいか。ここでいう冬眠は普通の冬眠とは違う。真の冬眠カプセルは数百・数千年の単位で眠れることが必要条件なのだ。たとえばもし7万年の冬眠が可能ならどうだ?俺の目的はすぐに果たせたのだ。7万年ぐっすり眠って、目的の「今」という時間に活動を再開することができたはずだ』
『それはそうね。しかしそんな冬眠カプセルは開発できていなかったのよね?じゃあ…』
『そこでオーワで見つけた次元跳躍孔の出番というわけだ。では、いよいよお見せしよう』
シロイルカはそう言うと、ゴールデンスキンの方を見やり軽く頷いた。マリーは「また何かを持ってこさせようというのか」と思ったが、そうではなかった。
次の瞬間――。
ブゥン…!
という低い音が響いたかと思うと、地平線の彼方まで続くように見えていた真っ白な白い
――宇宙ですって…!?
――いえ、これもまやかしだわ!
マリーは一瞬大いに困惑したが、そこは勘のいい女である。すぐには納得はしなかった。
『いえ…これもまた映像という可能性もある!』
『なるほど』
『
『ご名答。ここは壁、床、天井がすべて全面モニターになっているただの小部屋だ。観客の視線に合うように映像を合成することで、モニターを意識させず没入感のある映像をつくる単なる娯楽施設。宇宙飛行士はここで海の映像などを見て精神を安定させるわけだ。……宇宙船に標準装備された一人用のちゃちなリラックスルームだよ』
『宇宙飛行士ですって…?』
『そうだ。お前は疑っているが、ここは本当に宇宙だ。俺が話してきた例の亜光速宇宙船の中なのだ』
『じょ、冗談……』
『冗談だというなら、では俺が7万歳に見えるか? そう……ここは地球から7万光年離れた宇宙の凪。 俺は光の速さで7万光年の無駄な旅をすることで「上手に暇つぶし」をしたのだ…!わかるか?』
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