第261話 二人の談笑で語られる、世界観のおさらい

 赤ではなく…

 サウロイド独自の紫の警告灯で照らされた月面基地の廊下は、レールガンの電力供給のために暖房を止められ、すでに零下20度まで冷え切っていた。これでも月面そとよりは幾分マシだが、寒さに弱いサウロイドのエースは腹部の刺し傷もあって、大いに参った。



さみぃ…。で、この傷を追わせてくれたアイツはどうだったんだ?生きてるのか?』

 怪我人のエースは非戦闘員扱いとなり、司軍法官のゾフィに伴われて主戦場のA棟を去ってC棟へ移動する途中である。

『レントゲンすら撮れていないから分からないけど哺乳類じゃないかって話だわ』

 付き添いなど司軍法官のゾフィの仕事ではないが、幼馴染のよしみで彼女はエースに肩を貸してやっていた。


 月面だというのに、二人は紫の廊下を一歩ずつ丁寧に進んでいく。

『哺乳類だって!?』

 エースは白い息を吐きながら、目を人間以上に丸くした。

 彼らは基本的には恐竜人間だが、顔はどこかフクロウに似ている。特にラプトリアンよりサウロイドは鳥に似ていて、目が真ん丸に開くのだ。

『そう。毛が無いのに哺乳類だっていうのよ。博士達ったら!』


 サウロイドの確率次元の世界パラレルワールドは、我々と6700万年分の進化の隔たりがある。

 恐竜が滅びなかった確率次元という彼らの世界でも、大型の哺乳類は登場しんかしているものの「猿」という概念は彼らにはない。熊のような雑食の食肉目と、鯨偶蹄目ばかりが、もっぱら彼らの思う哺乳類だ。


『毛が無い哺乳類だって?』

『イメージがつかないけどね。見た目は赤ちゃんみたいだわ』

『赤ちゃん?』

『ピンク色で、ヌメッとした肌をしている』

『なんじゃそりゃ…』

 エースは苦笑した。まったく想像がつかなかったのだ。

『そいつ、C棟にいるのか?』

『もちろん。さらに本国に送る予定なのよ』

『え!?そいつはレオがよく許可したな。ウィルスとか大丈夫なのかよ?』


 そのとおりだ。

 だからこそ月面基地という隔離した施設があって、最悪そこが全滅しても本国(サウロイド世界の地球)には影響が無いようになっているのである。


『そうなのよ。だから先遣隊を送って、本国の受け入れ体勢を整えて貰おうと思うわけ』

 つまり、先遣隊として先に何人かの研究者が次元跳躍孔を通り本国に戻って「これから検体が来るぞ!隔離の準備しろ」と伝えようという算段なのだろう。


『はぁ…まぁ大丈夫だろう、ヤツのナイフで刺された俺が生きているわけだし。最悪、アクオル山自体が巨大な隔離室だしな』


 次元跳躍孔は猿が進化した宇宙の月面のジョージ平原(この基地だ)と、恐竜が進化した宇宙の地球のイベリア半島(スペイン)を結ぶワープホールである。

 月面側の出口は月の地中で発見され、その上にこの基地が墓標がごとく建設される形で封印しており、反対のイベリア半島側の出口は空中にポッカリと浮いていたが、それを見つけたサウロイド文明がそこに届くまでの膨大な盛り土(人工の山)をして封印した形である。

 そしてそのコンクリートの塊のような人工の山をアクオル山と呼んでいるわけだ。ピラミッドを数百倍にしたような人工山で、それはそれは堅牢だ。


『ああ、確かに。アクオル山はあれは史上もっとも強固な要塞ね』

 ゾフィはそう頷いたあと、何かに気づいた。

『…って。よく考えたら、敵が私達の地球に攻め入ってきても、アクオル山の山中から出れるわけが無いんだからさぁ。この基地は、いったん捨ててもいい気がするわ。ピンチなら仲間を引き連れて戻ってくればいいじゃない』

『いやぁ、それはまずいな。戦略的に』

 凍えるような廊下を前に、エースは頭から毛布を被っているため表情は見えず白い息だけが定期的に宙を舞った。

『そうなの?』

『この基地がヤツらに渡ってみろ。ヤツらは俺達と同じ事をするぜ?』

『えっと…つまり。この基地をアクオル山みたいに、固く固く固ーく要塞化するということ?』

『さすが法律屋だ、頭の回転が速いな』

 エースは笑った。例によって顔が見えないが、肩を貸しているゾフィは彼の腕と脇の振動で笑顔を感じた。

『ここはヤツらの宇宙なんだぞ。ヤツらは地球から唸るほどの資材を運んで、この基地を完全武装してしまう。俺達が後になって「あ、どうも。仲間連れてきましたので再戦をお願いします」なぁんてこっちの宇宙に戻りたくなっても、周りは完全武装したヤツらに囲まれている状態だ。そこから奪還するのは難しい』

『だから、基地は守りたい…?レオは』


 レオはここにはいないが、彼もゾフィとエースの幼馴染である。エリートのから生まれた仲間達だ。(彼らの文化が持つ、生まれる前の幼稚園こと「卵群」については、いずれ紹介したい)


『そういうことだ。いま行われている戦いはせいぜい20人対20人ぐらいの、だけどさ……ま、大事なんだよ』

『ふうん。あんた、意外に頭使ってんのね』

 ゾフィは心底、驚いた。

『なんだと思ってんだよ。俺のこと』

『ただの運動バカかと…あははは!』

『ははは、ひどいなぁ』


 幼なじみの二人は肩を叩き合って、廊下の寒さに笑いで対抗しながらC棟へと歩を進める。

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