第309話 人類史上、最もピュアなる手話
――同じジェスチャー!
まるで最悪なプレイボールの挨拶のように、互いに横一列で向き合って銃口を見せつけあう8人のサウロイドと8人のサピエンスの間で……ゾフィとネッゲル青年は同じジェスチャーを見せ合う事で「交流」の第一歩を刻んだ。
言葉は通じないが、同じポーズをする事は知的生物にとって大いに意味のある事だ。が……
しかし、これでは終われない。
現実の問題はまだ続いている。
なにしろゾフィがサウロイドの代表として言いたいことは――
①「今から近づくが、攻撃しないで欲しい」
②「私達に道をゆずり開けて、C棟に行かせて」
――であって、これを伝えるのは難しい。
人間同士でも難しいのに相手は別種の知的生物だ、一歩でも動けば撃たれるかもしれない。
『さて…どうしよう…』
ゾフィは困ったが、どちらにせよ打つ手は1つしかなかった。ここは唯一信じれる目の前の彼(ネッゲル青年)を信じるしかないのである。
『ね?分かる? 私の目を見て』
ゾフィはフクロウに似た琥珀色の大きな瞳の、これまた大きな瞳孔をギュゥ―、ギュゥ―と絞り「奥に進みたい。アナタ達の背後にあるゲートに行きたい」という意を伝えた。
これは、すごい。
人間のアイコンタクトでも左右なら伝えられるが、サウロイドの目は前後の奥行を伝えられるわけだ。
「あ…」
そのアイコンタクトは奏効し、ネッゲル青年はゾフィの意図に気付いた。
「なるほど俺達が道を塞いでいるわけだな…分かった」
捕虜になっている間にサウロイドも頷くのを学んでいた彼は、少し大きめに首を縦に振ってゾフィを安心させると、今度はグルリと踵を返し背後にいた仲間達に正対した。
「ちょっと待て!」
「何をする気だ、ネッゲル!」
仲間の誰かが叫ぶが、それに対してネッゲル青年(面倒な事にネッゲル青年がいま着ているのはサウロイドの与圧服なのでこちらも会話ができないのだ)は、手のひら見せて優しく制した。
そして5秒ほど経って仲間が落ち着くのを見ると、今度は背後のゾフィの方に向き直って「いこう…」と頷き、まるでモーゼの手を引くガブリエルが如くゆっくりと歩き出した。
一歩… 一歩…
ネッゲル青年を先頭に、続いてゾフィ、そしてレオ達の8人が通せんぼする人類の方へ進み始める。
「どいてくれ。頼む…大丈夫だから」
先頭のネッゲル青年は、仲間の揚月隊の面々に向けて平泳ぎの手のように観音開きのジェスチャーして、左右に分かれるように懇願した。
――ああ、人間も捨てたものではない。
揚月隊は全員が全員なんとか
「イージー…イージー…!」
「撃つなよ…撃つなよ…」
揚月隊の面々は銃を向けつつ、南無阿弥陀仏のように念じ続けた。
そしてこれはレオ達も同じである。レオもザラもユノ中尉も、構えたフレアボールを降ろすことはなく、左右に壁を作る揚月隊に銃口を向けながらカニ歩きで慎重に進んでいった…。
いったい何分かかっただろう…
緊張で時間感覚がおかしくなるが、ともかくこうしてゾフィを先頭にしたレオの一団は、いったん揚月隊に囲まれる形となりつつもさらに進み、ついにはC棟のゲートの前まで来た。位置関係が逆転し、揚月隊がA棟ゲート側に移動して、レオ達がC棟ゲートを背にして睨み合う形となっている。
両陣営が安全に引き離れるのを見届けたネッゲル青年とゾフィはまた、まるでプレイボールの前に握手するキャプテン同士のように両陣営の中央に立っていた。
『お礼の言葉が言えればよいのだけど』
ゾフィは感慨深げに言ったが、仮にここに空気があったとしてもネッゲル青年には「フッルフー」とか「ピヨピヨ」とか「クェッ」とかの鳥の声にしか聞こえないだろう。
「うぅむ…」
何か言いたいネッゲル青年もまた一頻り考え、そしてとびきり素敵なアイディアを思いついた。
「そうだ、こうしよう!」
彼はまずサウロイドの「落ち着け」や「敵意は無い」を示すジェスチャーとして手の甲を見せた。
この時点では
『いや、それはもう分かったから…ふふふ』
とゾフィを失笑させただけだが次が違った。
次に彼はその手を胸の前で握りあわせ、ギュッギュッ、と2回振ったのである。
『え…?』
これは「友達」を示す人類の手話である!
ただ、もちろん彼はその意味がゾフィに伝わると思ってはいない。彼が望んだのはただ一つゾフィに同じジェスチャーをしてもらう事であったのだ。
同じジェスチャーをする…という知的生物同士の最初の交流だ――!
『うん…! うん、わかったわ』
彼女はすぐにネッゲル青年の意図を理解し、嬉しそうに手の甲を見せた。
そしてサウロイドの骨格上、少し不器用に胸の前で手を握り合わせると――
ギュッギュッ
――モノマネするように、2回振って見せたのである。
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