第570話 フォスコンドリア(前編)
三人の恐竜人間が月面の電気農園を襲撃する。
この三人が
なお、ここでの呼び方は少し面倒である。というのも彼らはホモ・サピエンスと違って単独種族でないためだ。勢力を総称するときはサウロイドとさせて頂いているが――
『放電させずに破壊できる?』
今そう言ったマリーは、サウロイドではなくラプトリアンの女である。
繰り返しになるがサウロイド世界はサウロイド人とラプトリアン人の2つの種族で成り立っているのだ。ネアンデルタール人とホモサピエンスが一緒に生きている世界のようなものである。
『やってみましょう』
「頼む』
変圧機か送電機か…ともかく巨大な機械のヘソの辺りにある
ここは電気農園の地下施設。
ジョージ平原の高低差の少なさを利用したそのソーラーパネル群は広大で(現時点で約3万平方メートル。プロのサッカーコート5面分)名前のとおり一面の田園の様相を呈していた。また同じく田園のように、パネルとパネルの間にはメンテナンス用と思われる細い畦道が通っていて、そこを進んで中央に辿り着くと一つ建物があった。その建物はほかの区画の一階部分と同じ
超巨大な蓄電池である。
たしかにこのサイズは各区画には置けまい。液漏れだけで大惨事になるだろう。
『すこし、発電もしているようだ』
エラキは縛り上げた馬中佐を床に置き、計器を覗き込んだ。もちろんサピエンス語だが単位の意味さえ分かれば容易だ。10進法で分りにくいこと以外は簡単で宇宙共通のオーム・ワットの法則である。
『放電じゃなくて、ですか?』
マリーはエラキの代わりに(代わり、というより手持無沙汰で)馬中佐の拘束を確認しつつ敬語で訊ね返す。
『うむ…いや』
エラキは一瞬、悩んだがやはり否定した。
『やはり発電だ。…地球の光だろう』
『ああ、なるほど』
電圧計の針は微かにピクピクと揺れていた。主はいないのに健気に地球からの弱い反射光を吸って発電を続けているのだろう。
『どのぐらいの量です?』
『3000ワット…』
電子レンジを4つ、動かし続けられるほどの発電量だ。地球光だけが照らす秋の月で、なかなかの発電量だと思うが広大な基地を温めるには全く足りない。
『それは…どのぐらいです?』
『意味は分かっている。…が、計算機が必要だ』
サウロイド世界は長さの単位が同じ(1メートル=1テイルと呼ぶ。中世の王妃の尻尾の長さが語源で、そこから人類と同じく地球の円周を4万分の1に改めた)と説明したが、小数点以下は微妙に違うためワットの価値がズレるのだ。長さと電力に関係は無さそうだが、長さがズレるという事はジュールの単位が変わり、ボルトの単位が変わる。結果ワットの公式が人竜間で同じであっても数値は同じにはならないのだ。
『そうですか。 …しかし“ワット”って猿人間の発音、面白いですね』
ラプトリアン同士の儒教的な礼儀からか、普段可愛げのないマリーも多弁をふるった。
『ああ』
『彼らの言葉には破裂音が多いんです』
ああ、としか答えないエラキに代わってリピアが背中を向けたまま答えた。
『哺乳類には頬がある。その頬を鳴らして破裂音を出すんですよ。さぁ――これでB、C、D棟ヘの給電を止めれるはずです』
そう言うとリピアは操作盤の、あるボタンに手を乗せて振り向いた。
『よし…もう迷はない』
『やってちょうだい…!』
『押します!』
………。
無音である。
だが体の奥底で感じていた低周波が止んだ気がする。周囲の電気的な圧迫感が消えた感じだ。あとはもう、巨大蓄電池からの放電が減ったことを伝える計器を信じるしかない。計器の針がゼロにならないのは、予定通りA棟への給電が続いているからである。
『あっけないものだ…』
あまりにうまく行きすぎた。エラキは喜びより「はじめてしまった」という自責に苛まれているようだった。
『ほかの棟は……各区画の予備電池がどれほどか分かりませんが、たぶん一時間もあれば凍り付くでしょうね』
『別に気にしないわ…これは彼らが始めた戦いよ』
そうして三人の恐竜人間が初めての、明確な戦争行為に手を染めたそのときだった――。
ズズズ…!
蓄電池を止めたときとは対照的な大きな地鳴りがした。
『む!?』
『これは…』
『ビッグバグ…!!』
謎の巨大生物、蟲人間勢力の生物戦車、月のボーリングマシンが目を覚ました。それはまるで食事を邪魔された野生動物のようであった。
『ようやく…! ようやく、どうやって動いているか分かった…! 有機物の無い月でアレは…!』
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