第327話 人類、月面に住む

 サウロイドと人類の初会戦は、海底人の横槍アンフェアによって人類が勝利を収めた。


 人類はサウロイドの月面基地を制圧し、転用し、自分達の月面基地に作り替えてき……その中で彼らの技術や文化、そして何よりを知っていく事となった。

 敵が「恐竜が進化した連中である」という真実である。

 しかも、まるでクモが獲物を残しておくように、海底人によってエラキ軍曹は生きたままB棟の廊下に縛り付けられていたので、なんと人類は生きたラプトリアンとサウロイド(※)と邂逅する事ができたのだ。

 ※エラキ軍曹と違い、装甲機兵サウロイドが捕らえられるエピソードは割愛してしまった。ここで人類に捕獲されたサウロイドの一人とは、エース大尉の部下である「リピア」という少尉だった。彼はA棟の屋根の上でセイバーモノクロームに奇襲された機兵団の唯一の生き残りで、モノクロームに半殺しにされたうえでで壁に貼り付けにされて安置され、間接的に人類に献上された。


 海底人が使うは人類に「この物質はだけは特異だ。本当にサウロイドのものだろうか」と第三者の介入を想起させはしたが確かな確証とはならず、人類が海底人の存在を知る事はなかった。人類が、ティファニー山を隔てたすぐ近くに海底人の秘密の地下基地があり、その深部に次元跳躍孔ホールが封印されている事を知るのは、ずっと後年のことだった。 


 時は2034年――

 他人の貝殻を奪ったヤドカリのようなものであるが、ともかく人類は月面にほぼ永住可能なサイズの施設を得て、科学的な大躍進を始めたわけである……海底人の思惑通りに。

 

 だが同時に

 この2034年こそ、海底人の思惑シナリオに狂いが生じ始めた年でもあった。

 雪ウサギの一蹴りが巨大な雪崩を引き起こすように、確率波の狂いの連鎖は一人の少女の登場から始まる。


――――――――


 朝のトレーニングを終えたナオミは、汗を拭きながらトレーニング室の壁一面に埋め込まれた大きなディスプレイで、宇宙から見下ろした構図の月面基地の全容を眺めていた。


「あれが月の基地か…」


 一番艦アルテミスのクルー達による動機不明の蜂起(上記の通り、人類はまだそれが海底人の仕業だとは分かっていおらず、責任はクルー達の集団ヒステリーだとされた)で、同艦が基地の南棟(サウロイドはC棟と呼んでいた)を破壊したものの、まだまだ建物としては健在であったため、人類はそのままサウロイドの基地を拝借する事となった。

 ネジの規格から配電の方式、ドアの開け方から天井の高さまで森羅万象すべてが違い、それは冷戦時代の東西の兵器の違いどころの騒ぎではないが、それでも最初のがあるのは、初めて月に住まいを作ろうという人間には有難い事だった。

 

 基地の西の端(サウロイドがD棟と呼んでいた)には宇宙港が出来、2日に1回という驚異的なペースでひっきりなしに地球からのシャトルが往来し、人や物資を運んで来ている。

 この「ムーンシャトル」で運ばれるのは精密機械や人などの壊れやすいものだけで、建材たとえば鉄や銅やアルミニウム、塩化ナトリウムや硫黄(コンクリートを作るのに使う)や、ホウ素やリン(農業に必要だ)などは、なんと豪快に。物質そのものなのだから壊れようがない、という事である。

 靜の海円環山脈クレーターの内側はダーツの的のように使われ、こうした資源を搭載した弾道ミサイルが次々に地球から投じられている。

 地球からの資源ミサイルがクレーター内に着弾するたび、月面基地に住む人々は基地からティファニー山までの3kmの道のりをローバーでかっ飛ばし(ジョージ平原を走るのは爽快だ)、あの揚月隊が機械恐竜テクノレックスと戦った渓谷を縫って円環山脈クレーターの内側に至ると、せっせと資源を回収した。



 ……そうした行為を宇宙から眺めていると、まるで蟻の巣の前にクッキー片を放り投げてやったようで微笑ましくもあり、少し不気味だった。戯れに餌を与えたはいいが「この巣が大きくなり過ぎたら、それはそれで嫌だな」という気分である。

 今まさにナオミは、トレーニング室の壁一面に映し出されるそんな人類の勤勉を見つめながらそう思った。もちろん彼女自身が餌、ここでいう資源ミサイルを管理しているワケではないが、彼女はちょっとした焦燥感を覚えつつ人類の月面基地を眺めていたのである。

「どこまで基地を大きくする気なんだ…」

 トレーニング室を持つような巨大な宇宙船なのに、不思議な事に独り言に応えてくれる他の者はおらず、その焦燥感に彼女は一人で耐えるしかなかった。

「……くそ」


――どうもスッキリしない。


 その焦りのせいかナオミはせっかく汗を拭き終えたというのに、トレーニング室の壁にかけられた‟鉄爪”を手に装着すると、脳内でを仮装敵に設定して一人で殺陣を始めた。


 ザッザザ! クルン! ピョン…ザン!


 美しいというよりは、合理的で容赦のない殺陣である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る