第486話 預言者、ゴールデンスキン(前編)

 ヒュオォォ、という風切り音が頭上から聞こえたとき――

 もしかするとそれの正体をすぐに見抜けたかもしれない。


 だが現代人の我々には、ましては300年も戦争が無かったサウロイド世界(彼らの性格うんぬんもあるだろうが、竜人世界が平和なのはとどのつまり人口が少ないことが要因である)には、それが何であるかなど分かるはずもなかった。分かったのは――

 ザバーン!!

 と、ステガマーマの艦首のギリギリ左舷に、30mはあろう水柱が立ち上ってからであった。もちろんそれは何か巨大で硬いものが水に飛び込んだことが原因である。

『なに!?』

 艦橋という特等席から、それをつぶさに見ていたのはトライタン士官候補生とテルー艦長である。

『と、投石機だ!』

 トライタンの「なに?」という悲鳴の代わりの疑問にテルー艦長は律儀に応えた。爆発は無かったので、純粋な質量兵器…そう、そんなものはもちろん岩に決まっていた!

『狙われているぞぉ!』

 テルー艦長はすぐに伝声管で操舵室に命令を叫んだ。

『回避行動だ!』


――――――


 艦長がただ回避行動と叫んだ場合、それは適当な蛇行運転を意味する。特に方向はない。もっとも速力が出せる方向に適当に船を走らせる。被弾するかしないかは運任せだ。

 ヒュオオーン…ザバーーン!

 二発目も外れた。

『くぇっ!』

 揚陸母艇ステガマーマの排水量は4000トンもあるが、さすがに近傍に巨岩が落水すれば大きく揺れる。トライタン士官候補生はサウロイド独特の七面鳥を締め上げたときのような悲鳴で驚きつつ、水しぶきを浴びた。

『ラ、ラッキーですね!』

『いや当たり前だ!』

 トライタンの多弁に辟易して、テルー艦長は吐き捨てるように相槌した。吐き捨てるような態度ならいっそ無視すればいいと思うが、攻撃を受けている船の艦長なのだからイライラするのは仕方がない。また、サウロイドは(ラプトリアンも)猿から進化した我々と違ってハシゴが苦手であるため、いま艦橋から操舵室に降りるのは危険であり、そのせいで艦長であるのに操艦判断を部下に任せるしかない歯がゆい想いもテルーをいら立たせていたことだろう。

『誰か!とっておけよ!』

 テルーは伝声管でさらに指示を出した。

『それが

『あ、艦長!!また来ますぅ!』

 ヒュオオーン…ザバーーン!

 三発目も外れた。猿人間も弾道を補正してきているようだが、一発目からどんどん精度は下がり水しぶきは遠ざかっている。

『いちいちわめくな。候補生だろう!』

『でも…』

『当たるものかよ!!』

 そうだ。

 ここでポイントがヒュォォという音がという事である。つまり降ってくる巨石は音速を超えていないのだ。

『そんなものが動く船に当たるなら、それは運かというやつだ!』

 同じ純粋質量兵器でも彼らのレールガンとはレベルが違う。水しぶきがほとんど垂直なのから考えるに、石はかなりの放物線を描いて投じられているだろう。そんな音より遅い投石器が移動している物体にピンポイントで当たるはずがない――とテルー艦長は言った。

 でない限りは当たるはずがないのだ。


――――――

―――――

――――


様、四発目も外れました!」

「まったく神命などと! どうせまた、でまかせなのです!」

「い、いかがなさいますか!?」

 低木が多い熱帯雨林のオーワ川(アマゾン川)の中では比較的高く、真っすぐ育つカポックの木に登ってを物見していた2人の青年が、地上に向かって叫んだ。ミリタリーチックに言い換えれば、彼は投石器の着弾測定を行うスポッターということになるだろう。

 なお、2人とも裸眼である。

「もうよい。そのまま竜人の様子だけ伝えよ!」

「御意!」

「御意!」

 大枝(普通にオオエダという読みで間違いない)と呼ばれた男は頭上30mの木の上の青年を見上げつつ声を大に命令すると、今度は首を水平に戻して傍らにいる別の男に言った。

「さて預言者よ…」

 我々の視点カメラも、この大枝と呼ばれた男と一緒に地上に降りていくとしよう。

 そこにはまず、もちろん投石器があった。2つである。

 それぞれの投石器の傍らには巨大なハダカケナガサイ(我々の知るサイより大型だ)がいて、おそらく彼らが移動時には投石器を背負うのだろう。

 そして投石器があるということはある程度の空間が必要である。その通り、そこは密林の広がるオーワの中でも少し拓けた所をさらに木を切って広げて空間を確保した野営地キャンプのようになっていた。そこには300人ほどの猿人間をテント、50頭の獅子(10頭の子供を残し半数以上は狩りに出ているようだ。…勝手に自活してくれるので便利な兵士である)そして10頭の戦象がいた。子供の獅子がティタノボアの抜け殻で遊んでいることから、あの大蛇も飼育されているようだが今は不在である。

 猿人間は紛れもないホモサピエンスで、我々が想像する通りラテンアメリカの先住民であり(侮蔑するもりは一切ない。白人も黄色人種もサウロイドからすれば猿人間である)文明レベルは、ざっと見積もって紀元前のそれであった。奇妙な動物を家畜化している、アステカに投石器は無かったはずだ、そして妙な宗教を持つ……といったチグハグなところを除けば

 動物の進化がまったく同じ道を歩むことはないと考えると「サウロイドの地球」やあるいは「さらに別の確率次元の地球」で彼らが発生したとは考えにくく、やはり彼らは我々の地球から、少なくともホモサピエンスという種が確立した20万年前から現在の間のどこかで次元跳躍孔を通って、ここに来たということになる…。


――いったい、誰の手によって?

――神様気取りの誰が…?


 その答えのカギを握りそうな人物は、これがRPGならば笑ってしまうぐらい分かり易い風体をしていた。

「拝樹教徒よ、私はそれを請け負ってはおらん」

 その男は全身が金色の肌をしており、見るからに周りの猿人間とは一線を画していたからである。RPGなら話しかけない方が異常だ。

「預言者…!」

 しかし肌の色がどうこうというより、このが周りの猿人間から浮いている、別の組織の(信教を異にする)人間であるのは大枝の猜疑心ある語気に現れていた。関連会社から出向してきた部長に、現場の部下を代表して怒りを吐露する課長のようである。

「我々はあなたの言葉通りにやったはずです」

「そのとおりだ。よくやったぞ、拝樹教徒よ」

 ゴールデンスキンは、まったく悪びれることなく頷いた。

預言者あなたの言葉は神命…。そうなると神は石すらうまく投げれないことになりますが、いかに?」


 猿人間という新たな勢力の登場で描写が込み入ってきた。

 次章では彼らのバックボーンを語る必要がありそうだ。

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