第3話 確率、世界を分かつモノ

 さて、次はサウロイドだ。


 プロローグでは彼らの正体どころか容姿すら触れなかったが、勘の良い人なら分かるだろう。そうサウロイドとは恐竜人間の事である。恐竜が滅亡しないというP、安っぽい小説風に言うならで進化した恐竜の子孫である。


 長さ(位置次元X,Y,Z)の最小単位がプランク長であるように可能性(確率次元P)も何らかの有意な単位があるとされているが、それはまだ分かっていない。もちろんその答えが量子力学の中にあるのは間違いないが、それ以上分割できないを明確に定義することはできていないのだ。

 最小単位が分からないので、いったいどれほど確率次元の値がズレれば「ユカタン半島に隕石が落ちなかった」という別の世界線が生まれるのかは分からないが、ともかくこの世界は確率次元が我々の世界と異なり、恐竜が滅びていない、そんな世界なのである。


 ※補足

 有名な『シュレーディンガーの猫』は、原子の崩壊が起きるかどうかという人知を超えたによって、猫が生きている世界と猫が死んでいる世界の2つに世界が分岐するという話である。確かに核の崩壊というものは人の知により「起きることは予測できる」が「いつ起きるかは分からない」形而上的な純度の高い確率であり、確率次元の値としてカウントすることができる。

 なおよく勘違いされるが、ルーレットなどは確率次元とは別である。というかルーレットは真の意味で確率ではない。

 なぜなら、ルーレットにおいてどこに球が入るかは球や盤面の運動のにすぎず、それは人の知で計算できるものである。つまり投げた瞬間にどこに入るかは決まっていて、それが人間には分かり難いというだけのことだ。もしスーパーコンピュータとハイスピードカメラをラスベガスに持ち込んだら、ルーレットで大儲けできるだろう(ディーラーが球の重さを変えない限りは)。全てのマクロの運動は「F=ma」「E=1/2vt^2」といった基本方程式から明らかな通り、位置次元と時間次元が巧みに踊るイリュージョンに過ぎない。確率次元の話とは別である。



 ともかく、だ。

 たとえばアナタが2061年の猿が繁栄した地球に立っていて、その座標(X,Y,Z,T,P)のうち位置次元(X,Y,Z)だけを夜空に向かってプランク長の約2×10の43乗ほど動かすとアナタは「同じ世界線の、2061年の、月」に立っていることになるだろう。あるいは時間次元Tを100年(プランク秒の3.2の53乗)マイナスすれば「同じ世界線の、1961年の、地球」に立っている事だろう。

 これはお分かりいただけるはずだ。

 同じように、今度は確率次元の値だけ動かすとアナタは「の、2061年の、地球」に立っている事になるはずだ。そしその異なる世界線では――

 

 ――サウロイドが地球を支配していた。


 恐竜の進化の歴史は長い。遥か悠久の時を彼らは歩んできた。

 そう考えるとサウロイドの科学技術が人類を軽く凌駕していてもおかしくない、と思える。しかし、そうではない。進化というのは何かの目標を効率的に目指すものではなく偶発的なものである。確かに恐竜という括りでいえばサウロイドは人間より何十倍も長い時間をかけて進化してきたことになるが、実際にサウロイドが先祖の獣脚目(ラプトル)と別れ、知能を爆発させ始めたのは300万年ほど前、つい最近のことだった。これは哺乳類の方が優れているという事ではなく、ひとえにラプトル類が生物として傑作だったためにに追い込まれ難かったからである。

 いずれにせよ、かくいうわけで彼らは人類とさして変わらない科学技術を有していた。そのためもちろん「次元跳躍ワープ装置」などを作る技術はない。

 しかし彼らは人類と出会ってしまったのである。


 人類つまりヒューマンビーイング勢力とサウロイド勢力の出会いは月面、2035年の事だった。本来は出会うはずのない別の世界線の住人が、なぜ不幸にも出会ってしまったのだろうか。まずは、そこから語ろう。


 話は2029年にさかのぼる。

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