第2話 2061年 人類はのらりくらりと…
我々は人間である。
そのため大方の人にとっては、ヒューマンビーイング勢力についての細かな描写は必要はないだろう。
ヒューマンビーイング勢力とは、2061年の人類である。
依存度は多少減ったものの未だに化石燃料に頼り、150年前から変わらず流体力学の応用で空を飛び、消費を動力ポンプにする資本主義的な経済循環システムは変わっていない。
21世紀に入って1つの国と6422の島や岩礁が海に沈んだが、温暖化を止める確固たるモチベーションには繋がらず、また多数の物理学上の大発見はあったがそれが生活を変えるイノベーションにはならず、電磁波という300年変わらない最新技術を使い続けている世界である。
遺伝子操作の技術は成長期を迎えて机の上では日々革新を続けているが、一方で研究室の外では1500を超える鳥類とほ乳類、6000を超える植物、10000を超える魚類とは虫類、そして推定80000を超えると言われる昆虫を絶滅に追いやっていた。
脳に電子プラグを差し込む事もなければ、遺伝技術で肉だけを培養することもなければ、人工子宮で子供が計画的に産まれる事もなければ、ロボットによる反乱も起きなかった――。つまりSFで描かれているような劇的な変化は存外、無いものである。
人類は、のらりくらりと繁栄を続けた。
生活様式は150年変わらず、休みの日となれば家族でレストランに出向いて、この雑食の猿は辛うじて動物として生きた牛の肉を頬張った。なお、この短足で脂肪の多い牛を高原に放ってみたところで自力で生きていけるかは甚だ疑問であるが、2040年にブームになったナチュラリアン(商業目的でのゲノム編集を否定するブーム。なお広義では品種改良や人工授精も遺伝子操作だがこれは許容)の思想は20年ですっかり定着し、レストランで提供される牛肉は形骸的にだが辛うじて生きとし生ける牛の肉になっているのである。
ちなみに人間へのゲノム編集は法整備が遅れに遅れ、2055年になってようやくエイズやマラリア、一部の遺伝病への耐性をつけるためにランダムに選ばれた精子を受精した卵(つまり親が子を選り好む事は許されない)の遺伝子を編集する事だけは公に許されるようになった。つまり我々がディストピアとして想像する遺伝子操作された超人のみが闊歩するような未来にはなっていない。
そこまで人類は愚かではなかったのである。
なお、容姿(髪の色や身長、体型など)についてのゲノム編集は技術的には比較的容易ではあるだが、それで産まれた子がアイドルやスポーツ選手として活躍する事は‟商業目的”にあたるため、ナチュラリアンの思想によって許されない。(時折、億万長者の娘などのセレブリティが容姿を操作されているのではないかといった、真偽がどちらであっても心底くだらないゴシップは度々世間を賑やかした)
さらに補足すれば、ゲノム編集技術に倫理が追いついていなかった2034年、某国がどさくさに紛れて究極の美女が産み出したというが、美の感覚は人それぞれなので万人が‟究極”と感じる事はなかったそうである。
また彼女は脳も編集されており、事実あらゆる分野で平均的に高い成績を残したが、何かの分野で抜きんでた天才…という事はなかったそうだ。知恵は知力とは違う。知恵というのはニューロンやシナプスの代謝や活性、健全維持を司る遺伝子をいじったぐらいで達成し得るものではないという事だろう。
なお、ゲノム編集されている事が公になっている彼女にはもちろん表舞台に居場所などなく(ナチュラリアンが許さない)むろん試験管ベイビーなので身寄りも無かったため自分を産んだコミュニティに居続ける事になった。
研究員になるか軍人になるかの二択で、彼女は軍人を選んだそうだが…
いや、閑話休題。
七勢力あるうち一つの勢力の、しかもたった一人の主人公でもない女性に文字数を割いてはいつまでも先に進まない。
彼女の物語はいずれ語るとして、次に進もう。
ともかくヒューマンビーイング勢力は2061年の人類であり、妥協と打算と時折見せる少しの英断で、のらりくらりと現在の社会を維持し続けた延長線だと覚えて頂きたい。
――さて、次はサウロイドだ。
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