PHIDIAS -フィディアス 次元跳躍孔の戦い-
@TMA2061
第1話 頬を持たないサウロイドはファルセットで語る
凶悪な敵の出現はしかし、三つの種族にとって天佑でもあったのかもしれない。
過去の不機遭遇戦で生じた遺恨や、絡み合う利害関係により困難を極めると思われた第三回の
その条約は会議が催された基地の名前を急遽とる形で「アームストロング講和条約」と呼ぶことになった。
勘の良い読者が思う通り、アームストロング基地はアポロ11号の船長ルイ・アームストロングの名を冠したものであり月面基地である。であるから、この講和条約は月面で交わされたという点で人類にとって‟初”となるものだったが、それが話題になることはなかった。その‟初”が霞んでしまったのは
「月面で交わした」より「他の生物と交わした」の‟初”の方が、後世の歴史に残るのは無理もないだろう。
さて、この会議で決まった主な内容は以下の9つである。
その九条を略記しよう。
~アームスロトング講和会議の九条約~
①三世界(三勢力)の呼称の統一。
各世界の呼び名は(筆者の属す世界の発音では)以下のように決まった。
「ヒューマンビーイング(人類)」
「ディープシーライブズ(海底人。鯨偶蹄目の進化した姿か?)」
「サウロイド(恐竜が滅びなかった世界線から来た恐竜人間)」
②言語・文化の相互理解を目指す努力に対し協力する事を宣誓
(途中で破棄したり、文化理解を銘打って科学技術等の視察を強要したりできぬよう、三者が互いに牽制したために、こんなまどろっこしい表現になってしまったようだ)
③その世界の筆頭の霊長生物のDNAの開示。
※霊長生物とは、その世界において知力によって繁栄を手にしている生物のことである。その世界の代表者といえる生物で、たとえば人類の場合はホモ・サピエンスがそれにあたる。彼らは野蛮にもネアンデルタール人を殺し尽くしてしまったので、ヒューマンビーイング勢力は単独の霊長生物で構成されている事になる。
④a 休戦条約。現行の戦闘の中止。
④b 宣戦布告なしの交戦の再開の禁止。
⑤④が破られ、かつ攻撃勢力が明確な場合、残す第三勢力は被攻撃勢力を支援すること。
(いかにも危険な匂いのするこの条文の解釈が、実際に後年悲劇を生むことになるがそれはまた別の話だ)
⑥次元跳躍孔「ホール」の呼称の統一。
・ホール1:サウロイド世界から人類世界への入り口
・ホール1
つまり人類世界からサウロイド世界への入り口である。
・ホール2:ディープシーライブズの世界から人類の世界への入り口
・ホール2
つまり人類世界からディープシーライブズ世界への入り口である。
・ホール3:???
・ホール3
※西暦2061年現在確認されているホールは3つのみだ。視点をヒューマンビーイング(人類)勢力にすると、不運なことは3つのホールがわずか8キロの四方に密集していたことにある。それはさながらエルサレムだった。神のいたずらか、宇宙の‟皺”が寄った地点だというのか、もめごとの温床である。
だが一方で人類にとって幸運なこともあった。ホールはいずれも月面にあり、管理にコストはかかるが本土(地球)の防御には最高の立地でもあった。
⑦各「ホール」は、もしその入り口を擁する世界に知的生命がいるならばその管理下に置くこと
⑧⑦が満たされている場合において、各「ホール」の出口(つまり自分が属さな側
の世界)に駐留できる兵力を制限する。また‟兵力”の定義について。
⑨「ホール3†」の安全確保を目指した、共同作戦の作戦要項。
いくらスムーズに執り行われたといっても、会議は連日8時間(準備・確認・翻訳などの時間を考えると各勢力の裏方のスタッフは24時間稼働した形であろう)を超えた。
サウロイド勢力の年若い司令官は ――我々は彼を単にメイジャー・サウロイドと呼んでいる―― 連日凄まじい集中力を見せ、全ての会議の始まりから終わりまで余すこと無く出席しただけでなく、議場で一度も水分を取る事もなければ座り直す事もしなかった。下半身が不随の彼は普段は卵形のビークル(技術部注:動力は不明だそうだ)に乗っているが、会議が始まると「それが礼儀だ」と言わんばかりに人類側が用意した椅子に移り、そしてそこから何時間も姿勢を崩さないのである。腹筋・背筋だけで姿勢を維持している点も驚くべき事だったが、もしかすると彼らの近縁と思われる鳥類の所作を想像すれば同じ姿勢でいるのはさほど苦痛ではないのかもしれない。
ただ室温が、ディープシーライブズ勢力の希望と月面基地の貧しい電力事情を鑑みて280ケルビン(注:摂氏7℃程度)に設定されていたため、寒さは辛いようでメイジャー・サウロイドをはじめサウロイド勢力の面々はヒーター(のようなもの)を持ち込んでいた。そのヒーターには人類が知らないか未発展の技術が使われているようで、指向性が飛び抜けており対象だけをピンポイントで効率的に暖める事ができた。(技術部注:動力はバッテリー、つまり化学エネルギーの蓄積で、暖める原理は電磁波と思われた。それ自体はごく普通の技術である)
人類側の通訳を担当したのは、一度サウロイドの捕虜になった「リン・ミフネ少尉」だった。彼女は一ヶ月に渡りサウロイド側の世界、つまりホール1の基地に滞在した唯一の人類である。むろんその一ヶ月で全てのサウロイド語を彼女が習得したワケではないし、そもそも翻訳にはAIのフォローアップがあるため単純な通訳が彼女の任務ではない。どちらかといえば、会議を円滑に進めるための交際官に近い。彼女は現時点で、この恐竜人間(サウロイド)と最も親交を結んだ人間だったのだ。
会議が決着を見せたとき、メイジャー・サウロイドは言った。
『…では、詳しい、作戦の、話を、しよう、共に』
それは九条、つまり「ホール3†」を共同で攻撃しようという内容の話である。
彼はヒューマンビーイング勢力とディープシーライブズ勢力に視線を配りながら、単語を一音ずつを丁寧に発音した。
その言葉は子供に…いやペットに話すような
サウロイド達は人類のような器用な頬を持たないため破裂音の発音ができない。ガ行、ダ行、バ行などの音が無く、代わりにファルセットを巧みに使って彼らは言葉を紡ぎ出す。その鳥のさえずりのように美しく優しい言葉は、彼らの恐ろしげな外見からは想像もつかない。
ミフネはそう感じていた。美しい言語だわ…。
「おい、リン。なんと言ったんだ?」
人類側の前席の一つに座ったネッゲル大佐が振り向いて、どうしてか陶然としている彼女をつっついた。だが彼女が、あっ、と言って我に変える前にディープシーライブズの王子が言った。
『やれやれ、貴殿の世界の一日は何時間なのだ?』どうやら彼はもうほとんどサウロイドの言葉を覚え始めているようだった。『24時間だろう。同じ地球なのだから』その答えは彼らの言葉で、であった。いくら彼が聡明だろうが、簡単な言葉は聞き取れても喋る事はまだできないのだろう。いや声帯が違い過ぎて喋る事は永遠にできないかもしれない。
『今日はしまいだ!』
ディープシーライブズの首魁が立ち上がった。
その体はパンダのように白と黒にくっきりと分かれ、毛は無くゴムのようなツルリとした肌…。ミフネは心の中で彼を「オルカ王子」と読んでいる。(注:オルカとはシャチのこと)
この行動に大いに慌てたのはヒューマン・ビーイング勢力、つまり人類であった。相手の投じた議題の途中で立ち上がるという事が失礼な、場合によっては敵対行為と見られてもおかしくない。
「まぁまぁ…!」
咄嗟にネッゲル大佐が銃創だらけの丸太のような腕を上下に揺すって、オルカ王子を座るように促した。人類の間では激昂する役ばかりの猛将である自分が、よもや逆になだめる側になるとは夢にも思わなかっただろう。
『なんだ、そのジェスチャーは』
オルカ王子はネッゲルの腕の動きを不思議そうに凝視しながら、可愛らしく首をかしげた。ディープシーライブズだけでなくサウロイドも疑問するときに首をかしげるので、おそらく首をかしげるというのは2つの知覚器官(目や耳)を持つ生物なら共通のアクションのようだ。
たしかにシャチもカラスも首をかしげるものな、とミフネは笑った。
彼らは別の可能性だ。だが同じ星に生きている、同じ命だ。
共通点は思ったより多い。まったく違う進化を歩んできたが、この3つの世界が手を組めば‟ヤツ”に勝てるだろう。
ミフネだけでなく、そうした想いが皆の中に芽生えていた。
確かに、三回目のヒューマンビーイング、サウロイド、ディープシーライブズの鼎談は歴史の転換点にはなった。だがそれは、新たな発火点でもあったのだ。
戦いはここから混迷を極めていくのである。
*PHIDIAS* ~現状判明している勢力~
P:???
H:Human Being ヒューマンビーイング(人類)
I:???
D:Deep Sea Lives ディープシーライブズ(鯨偶蹄目の進化した姿?)
I:???
A:???
S:Sauroid サウロイド(恐竜が滅びなかった世界線)
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