第26話 ALIEN

 


 エースの全身は硬直していた。

 鉄格子の床を隔てて、すぐ足の下を得体の知れない化け物がいるのだ。

 確率次元の揺らぎなどそういう事ではない。地球の環境で育まれようがないデザインのこの生物は、敵対勢力によって意図的に産み出された生物兵器か、あるいは…!


 宇宙人 ―エイリアン― だ。


『ファイヤー!』

 エースの後方、地上階の通路の向こうから先の四人の兵士達が発砲を始めた。

 鉄格子越しに地下階に銃弾が降り注いだ。その何発かが宇宙人に当たり、宇宙人はその巨体から想像できないような女のような甲高い悲鳴を上げた。

 幸いこの得体のしれない生物にも銃弾は有効なようだったが、低重力の月面の、しかも狭い通路の中で銃を撃つべきでは無いのも確かだった。もちろん分かってはいたことだが、運の悪い跳弾が外壁に穴を開けると、基地外へと流出する空気は暴風となって通路内を吹き荒れ、射撃どころではなくなってしまった。


 跳弾が誰にも当たらなかったのはただの幸運であり、これは文字通り決死の攻撃だった。


 兵士達のそんな決死の行動で我に返ったエースは、自身が呆気にとられて手をこまねいていた事を恥じると同時に、右手に装着された籠手のようなデバイスを床に向けて構えた。

 『貫け…!』

 デバイスはアルゴンと水素の混合気体の空気砲である。

 もっとも銃口を飛び出すときにはアルゴンはプラズマ化するほど熱せられ、白熱した火球となって撃ち出される。

 通称、フレアボール。エースはそのフレアボールを床に向けて四連射した。

 この高速連射にデバイスが耐えられずオーバーヒートするのは分かっていたが、構うものか。

 四つの弾痕は約1メートルの四角形の頂点を描いていた。エースはその上に立ってバンザイをしたポーズでジャンプして(月面なのでフワッと浮き上がる)、今度は両手で天井を思い切り押した。それを2回。こうでもしないと弱い重力で床をぶち抜く事はできない。

 床が抜けた瞬間に、エースは叫ぶ。

『発砲を辞めろ!』

 エースは階上の床をぶち抜いて、階下に降りた。

 位置関係としては、壁にもたれて倒れるラプトルソルジャー、宇宙人、エース、その後ろの上方(地上階)に4人の兵士…という並びになった。

 宇宙人は獲物を、エースは宇宙人の背中を、兵士達は階上からその全体像をエースの背中越しに見ている形になる。

『俺がやる』

 階下に降りて近づいたエースは、ラプトルソルジャーが絶命している事にすぐに気付いた。

 警告灯の紫で照らされた彼の顔は間違いなく死者のそれだった。尻尾で貫かれた部位が悪かったのだ、どのみち救出は間に合わなかっただろう。

 ――逃がさん!

 エースは燃えた。

 彼は素手である。が、怯まない。


 軍属のサウロイドやラプトリアンは爪を伸ばす事を許されている。

 火と石器を使うようになってから彼らの牙は退化してしまったものの、足の親指の爪はハンターであった先祖から受け継いだそれであり、生物由来のものながら人工のナイフにも勝る強烈な殺傷能力を持っている…!


 エースは攻撃に出た。

 気合いの声などは無い。また容赦なども無い。


 もう銃は撃ってこないのか、と宇宙人は無防備な背中をエース達の方に晒していた。このあたりの‟地球の生物が持つとのズレ”が不気味である。クマでもシャチでも一度痛い目を見たのなら、その攻撃者を自らの手で排除しない限り、その場を離れるだろう。

 ――やはり、コイツは何か違うぞ。

 エースは不気味に思いつつも、これはチャンスとばかりに、その無防備な背中に向かって左足を振り上げた。


 人間と関節の構造が違うので説明が難しいが、その様はダチョウが足の爪でひっかく様子を想像して欲しい。

 爪は袈裟切りのような斜めの軌道で鋭く振り下ろされた。

 足の速度は200km/hを超えた。爪を含む足首より先の重さを5kgと概算すれば運動エネルギーは約7500ジュール。ヒット後に一切の力を追加しないとしても、慣性だけでライフル弾を裕に超える破壊力である…!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る