第290話 脱獄(後編)
月面での
基地の攻防戦が始まる前に気絶してしまったネッゲル青年は「
「まさか基地の中まで進撃しているのか…!?」
「くそぅ、俺も戦わせてくれ…!」
そういう熱い想いで、思わず腕に力が入った――そのときだ。
「むっ…!!?」
なんと彼の両手首を拘束しているベルトのような帯が、縦の方向には大きく動かせる事が分かったのだ!
「ということは…」
ネッゲル青年は瞳をカッと見開いた。
その瞳は感情の昂りで充血の炎と涙の水を宿していた。
おそらくは――このカプセルは前述の通り集中治療用のモノで別に‟希少動物”を捕獲するためのものではないのだろう。だから彼の手首はカプセルの構造上必要と思われる
つまり全体像としては、カプセルは円柱型だがその中に直方体の鉄格子が収まって強度を確保している形である。直方体のフレームに収まった砂時計を想像して頂いて、その逆と考えるといいかもしれない。
そして彼の両手首は、カプセルを下から上に縦断する
「腕を縮めながらば…縦には動かせるぞ」
平泳ぎの搔き手が水の抵抗を避けながら手を頭上に戻すように、手首や肘を限界まで曲げて、
「よ…よし…」
彼が右を向けば、右手首の拘束具は匂いが嗅げるほどに目の前にある。
――人間の腕関節の器用さを侮ったな
犬は論外として、動物の中でもかなり腕が器用な猫であっても、絶対に真似できない動きだっただろう。そしてもう一つ……
彼はガッと拘束具の接合部分(人類文明のベルトと似たような構造だ)に噛みついた。哺乳類は非常に器用な唇と顎があるのだ!
「やるぞ…!前歯が折れてもいい!!」
そうして彼は、どのサウロイドも床のカプセルに寝かされた珍獣の事など忘れて議論に夢中になっているのを確認しつつ、音を立てないように拘束ベルトを口を使って外していったのである。
「いける…。皆、待っていろよ!」
それはまるで
タコの能力を知らない初心者の飼い主が、水槽からタコに逃げられてしまうような珍事であった。
――――――
―――――
ズゥゥン!!
もう8回目の地震が起きた。
A棟の液化酸素タンクを破壊するという焦土作戦は完遂しようとしている。
A棟から転進(配置転換)してきた臨時徴用兵士(砲術士官や建設作業員)の5,6名がC棟になだれ込んできて、ゲート付近で右往左往して屯する博士連中に怒鳴った。
『おい!ゲート付近で止まるんじゃない!』
『非戦闘員はもっとC棟の奥まで移動しろ!』
これに対して、ネッゲル青年を搬送してきた研究者らしいラプトリアン達が弁明した。
『わ、私達なりにゲートを守っていたんだ』
『そうじゃ!お前達が来ると分かっていたからゲートを閉めるワケにもいかん。しかしB棟のゲートの外では戦いが行われてもいる。そこを敵が食い破って来たならココで受け止めねばならんだろ?なら!』
『いやいや!爺さんたち、戦う気だったのか!?』
臨時徴用兵は驚いたが、人間から見るとサウロイド達の年齢はまったく分からない。腕を見せてくれれれば羽毛の毛並みで多少は分かったかもしれないが、いまは全員が月面服を着ていて顔しか見えないので老若の判別は不可能だった。
『やれやれ、どうします!?』
徴用兵は後ろを振り向いた。すると――
『それはそれでいいです』
奥から人の群れを割って正規の兵士が現れた。もう数少ない正規の
『博士達の心意気は嬉しい。しかしですね。C棟のゲートを開いているというのは、
『あ……。で、では?』
『いったんゲートを閉めます。おい!』
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