第240話 竜の歩兵長(後編)
『戦士よ、安らかに眠れ』
月面基地の中でも、さして戦略的な価値のない居住区のB棟は侵入するだけ無駄なラビリンスである。さながらエラキは、人類からすればラビリンスに住まう
『エース大尉の話では、敵は50近いはずだ』
エラキは独り言を呟いて状況を整理した。
ラプトリアンとサウロイドの知能の平均はほとんど同じである(だからこそ、どちらかがどちらかを奴隷にすることなく仲良く暮らせているのだ)が、一般的にはラプトリアンの方がバカだと言われる。というのもラプトリアンは時折、とびぬけた天才が産まれる性質があるため、彼らが平均値を押し上げるとするなら逆に他のラプトリアンはバカなはずだ……というのが意地悪なサウロイドの言い分だ。
このエラキが実際にバカかどうかは分からないが、少なくともいまベラベラと独り言を喋っているのはバカなのではなくて興奮状態のせいだろう。
『50…しかし50とは…!ええぃ、砲兵の連中が星の舟に気をとられたせいだ。いったい、どこの区画まで侵入しているやら…』
――と!
次の瞬間だった。
『―――!?』
エラキは背後に敵の視線を直感的に感じるや、バッと身を翻した!
その直感に偽りはなく、彼が動き出したコンマ数秒あとにはバババッという
『まずい!!』
彼はダチョウがごとき瞬発力で、廊下を飛び跳ね近くの曲がり角に逃げ込んだ。他方――!
「くそ、気付かれました!」
「でかい方だったぞ!逃がすな!」
「うぉぉ!!」
不意打ちを狙った揚月隊はエラキを撃ち漏らしてしまった事を悔しがった。彼らは直情的になって思わず追いかけようとしたが、そのうちの一人が思いとどまった。
「待ってください!」
彼はあのジャパニメーション好きのメルケル中尉であった。そう、この小隊はM-3あのレールガンを制圧した部隊である。
「なんだと…!?」
ブラジル人の好戦的な隊長は、部下の思わぬ反駁に舌打ちした。
「待ちましょう…です!焦って追えば不意打ちに合います!このM-10の連中のように…!」
「……!?」
焦って廊下の曲がり角、つまり文字通りの死の角である「死角」に飛び込もうとしたM-3小隊は、メルケル中尉の言葉と彼らの足下に転がる
「!!……そ、そうだな…」
死体に口無し、というのは嘘である。
「た、隊長?」
「少尉のとおりだ」
「…仕方ない。下っ端のくせに良いこというぜ」
「はは…」
「よし。メルケル、フォード。二人ともフォーメーションを戻せ。慎重にいくぞ…!」
「はい!」
そうして彼らはまたアサルトライフルを顎の下に高く構え、腰を落としてゆっくりと、恐竜狩りに向けて隊伍を組んで進み出した。
一方。
『…はぁ…はぁ…危なかった』
エラキは廊下を曲がると、さらに天井の鉄格子(この鉄格子は地下2階の天井であると同時に地下1階の床であるのだ)を押し上げて階上に逃げ延びていた。
『3人か…。奇襲が効くのは2人までだ。固まられると…厳しいな』
さきほど、簡潔のために「エラキは直感で後ろからの攻撃を察知した」と表現したが、実際はそんなことはない。
ラプトリアンに‟フォース”やら‟ニュータイプ”的な第六感があるわけではなく、実際のところ彼を救ったのは紫の警光灯である。紫の光はサウロイド(小さい方)やラプトリアン(大きい方)の集中力を高めるとともに、その電灯はどの方向にも影を作るように工夫されて基地の各所に配置されている。どこの位置にいようとも、必ずどこかしらの電灯が放つ光線が遮られるため影が出来るようになっているのだ。
そして、その微かな光の弱まりをエラキの鷹の目が鋭敏に受け取り、背後に敵が近づいている事を察知した――というのが第六感の小隊である。
『くそ。奴らのあの
エラキは息を潜め、音が立たないように(基地のこの区画はすでに真空だが、壁などの物質を通して震動が伝わったらいけない)そっと鉄格子の床を下ろした。
『しかし鉄片の貫通力はさして無い…。Tecアーマーならそうそう負けないはずだが、なぜこんなに敵の侵入を許しているのだ?機甲兵どもめ…』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます