第263話 海底人、現る(中編)
ここはB棟の廊下。
――
サウロイド世界の独特な紫の警告灯に染まったそんな廊下で、白兵戦最強と謳われた
と、そんな彼/彼女は言った。それは合成された人間の言葉(英語)であった。
「さ。DSLなどと余所々々しい言い方ではなく、ぜひ『海底人』と呼んでくださいよ。その方が暖かみがある」
もちろんエラキは人間の言葉は分からなかったが、内容以前にその笑いが不気味でならなかった。キュキュキュという変な笑いである。
「キュキュキュ!ま、実際は600mほどしか潜れませんので海底人ではないんですがね」
『……!?』
エラキは戦士としての矜持で弱音を吐くことはなかったが、困惑は甚だしかった。
彼らの言葉が何かは分からなかったが、それが機械で合成された声であることは分かったからだ。エラキはB棟の中ですでに
『なぜ機械音声で…?いや、お前達はいったい…!?』
――なぜ
――いや。もしかすると、こいつらは今までの敵とは別の勢力…!?
――だ、第三の勢力だと…?
エラキがそんな思索を巡らせていると、黙っていたもう一人がいままで喋っていた彼/彼女の頭を小突いた。人間(もちろんサウロイドもだ)的には非常に失礼な行為に思えるが、どうやら海底人とやらにとっては肩を叩くのと同義のようである。
「なんだい?」
「いやぁ、俺達は何と間抜けだという話だ。キュキュキュキュ!」
目の前に瀕死の相手を縛り付けておいて、なんと気の抜けた笑い方だろう。それはまるで鎖に繋いだサイやバイソンを前に談笑する飼育員のようであった。
「え?教えてくれよ」
「キュキュ!いやぁ、笑っちゃうんだけども。
「なんだって?」
「ホラ!‟生け贄の彼女”のデータベースを見ろ。人間っていうのは、こういう生き物だ」
「なんて……キュキュキュ、本当だ」
四人はドッと笑い出した。
「本当だ。人間というのは、あぁ!こっちか。確かに彼は人間じゃない方だ」
「尻尾があるしな。キュキュ!」
「待て待て。じゃあ俺達が人間の言葉を使っている意味がないじゃないか!」
「本当だ。キュキュキュ!」
「キュキュキュ!」
彼/彼女らのヘルメット内のディスプレイには、生け贄の彼女(※)に保存されていた人間の情報がランダムに表示されていた。
※以前、アルテミス級
ヘルメット内のディスプレイに映し出される映像は、映画や戦争やオリンピックにはじまり、ハワイのワイキキビーチ、ウィーンのクラッシックコンサート、ジャカルタの喧噪に、ニューヨークの渋滞が次々にマッシュアップされている。
映画は古いものが多く、それは‟生け贄の彼女”ことSALの趣味なのかもしれない。
そしてちょうど映像が、この基地の目の前に
今度は彼らの言葉でである。
[申し訳ありません。君達のデータベースが手に入っていないもので、君達の言葉は喋る事ができないのです。だから、いま私が何を言っているかすら分からないでしょう?]
エラキも言葉が変わった事だけは分かった。合成された人間の音声から本当の肉声になったからだ。
『…それが本当の声か』
なんとなく湿っぽい、下手な発音である。鳥に近いサウロイドやラプトリアンの美しいファルセットからは程遠いなんとも苦しそうな発声であり、笑い声が「キュキュキュ」なのも頷ける。
[喋っても意味がないのは分かっていますが、ふふ、不思議なものだ、どうしても喋りたくなります。だって君達もペットに話しかけるでしょう?]
四人の海底人のうち二人は周囲を警戒し、残りの二人がエラキの前にしゃがみ込んだ。
まるでヤクザ映画で、倒れた敵に余裕をかまして殺し文句を垂れるようだ。
[我々は、君達と同じく
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