第264話 海底人、現る(後編)
ラビリンスの中に住まうミノタウロスがごとく…
B棟という迷路の中で
――
ここはB棟の廊下。
真空が支配するため、お互いに月面服を着ている。
四人の海底人のうち二人は廊下の前と後を警戒し、残りの二人はボロボロのエラキの前にしゃがみ込んだ。
まるでヤクザ映画で、倒れた相手に余裕をかまして殺し文句を垂れるような構図である。
[我々は、君達と同じく
彼/彼女は言った。
[そう、
『……』
むろん、エラキには彼/彼女の言葉はわからなかった。ただその声がオットセイが鳴くような、上手とは言えない聞き苦しい発声である事だけは分かる。海底人の月面服は見るからにハイテクで、高い科学力を持っているはずなのだが……声はそういう文明レベルがあるようには思えない代物だった。
[おい、喋りすぎだ]
[いいでしょう?言葉が分かるはずがないのですから]
そう言った一人は、骨が折られて死んだ大蛇のように伸びているエラキの尻尾を触りながら言った。
『くぅ……』
尻尾は脊椎の延長なので神経が過敏だ。凍った水銀が注入されたような激痛がエラキの体を震わせた。
海底人はそれを満足そうに見ながら続ける。
[月面にあるもう一つの
――――
ここで海底人はとても重要な事を話した。
ただ、一息に話してしまったので、内容は分かり辛い。いや言葉が分からないエラキにとってはそれ以上だろう。
ここは補足の注書きを挟まず、謎は謎としてエラキの視点で物語を続けたい。
――――
エラキの中では、すでに恐怖より怒りが先行していた。
尻尾をいたぶられながら、分からない言語を延々と聞かされたエラキは辟易して、やれやれと首を振った。彼と海底人の対格差でいえば、そしてラプトリアンにとっての尻尾の意味を含めれば、侍が小学生に取り囲まれ、刀をいじられながら戯言を聞かされているようなものだ。
『おい…』
[なんです?]
互いに言葉が分からないが、何かを訴えたと感じて海底人がエラキのヘルメットを覗き込んだ、そのときだった――!
『ずっと耳障りなんだ、その笑い方が…!』
エラキが最後の攻撃に出た!
ラプトリアンの首の柔軟性を甘く見たようだ、海底人と自称するその男はエラキの首が届く間合いに入ったのだ!
『一人だけは!!』
その決意は文字通りの決死であった。
エラキはいま唯一残された武器である
――届け!
両手両足を拘束されつつ、エラキは首をいっぱいに伸ばした。
狙うは海底人の首元だ。海底人は首が特別細いわけではないが、身長160cmほどの小柄な体格なので、ラプトリアンの顎の開き方なら首を両脇から挟み込めむようにガッチリ噛みつけるだろう!!
[なんです!!?]
エラキの柔軟な首はダチョウかコブラのような神速で迫り、格闘ゲーム風に言うなら見てから回避できるスピードではなかったが……
[アウッ!!]
そのとき、海底人もまた驚くべき反射神経を見せた。
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