第45話 竜人達のハインライン

 二体目のエイリアンがA棟の天井の穴から月面へと躍り出た。

 むろん、レオはすぐさま叫ぶ。

『捕捉です!MMEC!』


――奴が目指すのは、おそらく巣へと堕ちたホール3仮設基地だ…!

――アリやハチのように仲間に新たな餌場の位置を伝える気に違いない!


『絶対に逃がしてはなりません!施設への被害も許可する!』

『いえ、間に合いません!』

 重力が低いとはいえ、質量が変わるわけではない。MMEC砲台が自重の慣性を振り切るようにゆっくりと回頭する間に、すでにエイリアンはA棟の天井から抜け出し猛然と走り出していた。目標地点は分かっている。先行するもう一匹の死骸が墜落することで開けた、ホール1基地とホール3仮設基地を結ぶ連絡通路の裂け目である。その裂け目から吹き上がる空気は、まるでそこがゴール地点であることを顕示するかのように祝福の演出になっていた。

 そこへ、エイリアンが駆ける。

 その俊敏な背中を、対物用の巨大なレールガン砲台は追う事はできない。


 つまり、それを意図したかどうかは分からないが、一匹目のエイリアンはまさにミツバチのごとく自らの死によって仲間の活路を開いたわけである。自分が傷を負うことを初めて噴出されるあの消化液は、群れのために自分を犠牲にしても構わないという進化をしてきた証拠に違いない。


 レオは思った。

――圧倒的な成長の早さ…ただでは殺されない毒の体液…

――そして異常な忠誠心…!


 手強い。

『エース!!』

 エースよ、食い止めてくれ、とレオは叫ばずにはいられなかった。


 ――――――

 ―――――

 ――――


 パシュッ、パシュッ…!

 風が吹きすさぶ連絡通路の暗闇の中、火花が連続した。

 火花の瞬きはランダムではない。


 やがて我々は、星座のように火花と火花を結んだラインが人の輪郭を描いているものだと気付く。そうだ、その火花は宇宙服の全身にくまなく仕込まれたマイクロ・スラスター達が、今か今かと武者震いでもするようにアイドリングしている火花であったのだ。背中や足の裏はもちろん、膝や腰、肘に尻尾とあらゆる関節に配置されたスラスターの火花はまるで3Dアニメーションの製作途中の‟ボーン”のように、この宇宙服を着ている者の姿勢を如実に描き出していた。と…

 『やれやれ』

 我々に聞き覚えのある声が、ヘルメットの真っ暗なバイザーの奥から響いた。

 そうだ。このアーマーを纏うのはエース、その人であった。彼は元来この通称Tecアーマーを使った機動戦を任務にする兵科の人間だったのである。



 ところで、このTecアーマーはサウロイドにとっても戦闘用にデザインされた初の宇宙服である。

 サウロイド世界の技術レベルは人類とほとんど同じであるため、緊急事態が無ければ戦闘用の宇宙服などが必要になるぐらい宇宙進出が大いに進むのは150年は先だっただろう。

 だが、必要に迫られれば、何とかしてしまうのも地球の生物のしぶとさだ。


 参謀部の予測では、の文明(つまり人類である。まどろっこしいので以下人類と呼ぶ)が宇宙で白兵戦ドッグファイトをしかけてきた場合、人類の文明レベルを人工衛星の性能などから勘案するに、おそらく一人乗りの球形のポッドのようなビークルを運用してくると予想されたが、殊、月面の重力下での戦闘ならば圧倒的にこのアーマーの運動性に軍配があがる試算になっている。


 なお、人類の反抗方法として最も可能性の高い攻撃はミサイルによる遠隔攻撃だろうが、これは神速のレールガンであるMMECで撃ち落とすことができる。ミサイルは脆く迎撃に過度な火力は必要ない。100gの鉄芯をぶつけてやれば勝手に爆発する。月は大気も薄ければ重力も弱く、対空砲側が圧倒的に有利だ。

 つまり人類側に残された手段は月自体を盾にする形で、基地から射線の通らない地平線の向こうに歩兵を着陸させ、白兵戦をしかける事しかないわけだ。


 サウロイドと人類の戦闘は月面の平原で白兵戦になる可能性が高い…それがサウロイド側の参謀部の想定であった。

 そしてその白兵戦になったときこそが、このTecアーマーの出番というワケである。

 なにより、エースはこのアーマーを使った三次元戦闘に天才的な才能を持っていた。

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