第515話 夜明けのワイルドライフ

 発育のいい、大柄なネアンデルタール人のの威力はどれほどのものだろう。生来の骨密度がホモサピエンスより高いのはもちろん、きっと奴隷身分とはいえ海底人の科学に下支えされた理想的な栄養を摂っているだろうから、その肘はカルシウム製の鈍器のようなものであった。

 しかもそれが急所に当たったのだからたまらない。

 猛進してくるディオニクスの「く」の字をした逆関節の足のちょうど内角の頂点に、正面衝突する形「く←肘」で叩き込まれたのである。…まるで杭打機パイルバンカーのように!


「ガォォ!!」

 大人のディオニクスは

 虎や熊がそうであるように、単独で生活する動物は威嚇はするが悲鳴は無意味であることを知っているからだ。しかしまだ子供のディオニクスは親や仲間に助けを求める癖が抜け切れておらず、ゴールデンスキンの肘鉄攻撃エルボーアタックを膝(厳密には足首だが、まぁそれはおいておこう)に受けると、怒号しつつ崩れ落ちた。

 まだトドメはさせていない。骨も折れていないだろう。だが戦意は挫くことができたはずだ。ヨース・ディオニクスの群れはオーワの森で最強ゆえに狩りへの士気が低い。狩りの成功率が高いのでリスクを負ってまで遮二無二攻めようという気持ちが無いのだ。


[次…]

 ディオニクスに蹴り飛ばされる形でオーワの密林に消えたゴールデンスキンは、繁茂するシダの向こうから、ピンピンした姿でマリー少尉の前に再び姿を現した。

『――っ!』

彼女はといえばコロンビアマンモスの首の上にしがみつき、存在しない次の手を考えてるだけの(ゴールデンスキンは死んではいないにしても戦闘不能だと思っていた)絶望の中にいたので、その金色の猿人間が森の中から現れたとき不覚にも神々しさを感じてしまった。

『つかまっていろ ともかく。 でばいす おとすな』

 ゴールデンスキンは、さすがに肘に違和感を覚えたのか腕を振りながらサウロイド語でマリーに指示をした。

『え…ええ!』

 なおもマンモスを背後から攻撃する残る2匹のディオニクスは、興奮してマンモスを攻撃することに視野狭窄しているが、さすがに彼女がドサッと地面に落ちたら「あ、こっちでいいじゃん」と標的を変えるだろう。マリーはなんとも無様だが、今はこの鼻の長い奇妙な哺乳類にしがみつき彼を応援するしかないのである。 それは同時に、彼ら(サウロイド・ラプトリアン)の戦闘力がいかに“足”に支えられているか如実に示してもいた。


 一方、ゴールデンスキンは

[これだ]

 オーワの森のどこかしこにもあるツタを手にしていた。本当は大きな石でもあればいいのだが、山というものが全くないオーワ(アマゾンは河口から3000km遡っても海抜50mもないほど平坦なのだ)には武器になりそうな手ごろな石は無いのである。

『鞭にでも使うつもり!?』

[いや]

 ゴールデンスキンはツタの一端を持ってこちら(マリーとマンモスの正面)に向かて走り寄ってくると、途中で手をサッと振って何やらマンモスに指示をした。するとマンモスは、尻や足をひっかかれて血まみれだというのに冷静に、頭を下げて鼻を滑り台のようにしてゴールデンスキンのための道を作ったのである。

『なんですって!?』

 マリーは息を呑む。哺乳類とは低俗で無能だと思っていたからだ。

 そんな息をもつかせぬ連携でゴールデンスキンが、その鼻の道をタタタッ!と駆け上がってマンモスの背中に進出するや、同じくマンモスの尻の上にし掛かっているディオニクスは「来るか」と身構えた。

 ディオニクスもマンモスの背中の上で戦いが始まるかと思ったが、それは違った。ゴールデンスキンの疾走は止まらず、マリーを飛び越え、さらにはディオニクスの横をすり抜け、呆気なくもすぐにマンモスから飛び降りてしまったのだ!

 マリーが「え?何がしたかったの?」と思った瞬間だ、今度はビンッとツタが張ってディオニクスの足を払うような形になった。なるほど、元々ツタの反対側は木に絡まっており、そのもう一端を地上に降りたゴールデンスキンが綱引きすればこうなるわけだ。だが、虚を突かれてバランスは崩しはしたがディオニクスは落ちない。足の爪を痛々しくマンモスの尻に食い込ませて踏ん張った!

 あとは力勝負である。

[おおお!!]

 ゴールデンスキンは咆哮した。

 それは声ではない。ネアンデルタール人の動物としての咆哮だ。そしてそれに呼応するように全身の筋肉が躍動した。彼は、マンモスの上のディオニクスがもう一匹の上に落ちるような方向にツタを引っ張る!そして――

「ガォォ!!」

 また幼い鳴き声を上げ、マンモスの上からディオニクスは滑り落ちた。しかもそれだけでなく彼の体はマンモスの後ろ足を攻撃していた兄弟の上に落ちたのだ!


 一石二鳥。

 そんな言葉をマンモスは知らないとは思うが、

『いまよ!』

 マリーに頭を叩かれるより先に反転した彼は、まるで言葉を知って待っていたかのような素早い反応であった。彼は戦車の超信地旋回のようにグルリとその場で180度反転し、もみくちゃに倒れる二匹のディオニクスに正対した。

 長い牙、筋肉の塊である鼻、そして体重差……正面で向き合ってしまえば敵ではない。ディオニクスの兄弟は誰からとはいわないが後ずさりをはじめ、最後には文字通り尻尾を巻いて逃げ出すこととなった。その背中に向けて「おととい来やがれ」とばかりにパォーン!とマンモスが怒りの咆哮を投げかけると

『ははは。よしよし』

 マリーはこの奇妙な哺乳類に愛着を覚え始めている。


――――――

―――――


 だが別れは突然やってくる。

 二匹の哺乳類の活躍でディオニクスを追い払うことに成功したが、それはシロイルカの遠大な計画の目的ではないからだ。


『あれは…?』

 シロイルカの言われた通り密林の道なき道をマンモスに揺られて進み、いよいよ森が拓けて海と見紛う大河に出たとき、はるか対岸に小さく見える船があった。

 揚陸母艇ステガマーマである。

『よてい どおりだ』

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