第373話 蟲人族、その分かりきっていた奥の手
人類が、生身の状態で動物オリンピックに出場したときに金メダルが取れる唯一の種目は「投げ槍」である。人間より速く走れる動物はごまんといるし、高跳びも水泳もマラソンもしかり……物を持ち上げるのは得意な方だが象やクマやゴリラに重量挙げで勝つことはできまい。
しかし、人間より強く遠くに槍を投げれる生物はいない。
まだ動物だった人類が「投げ槍」という得意技で自然界を生き延びる事ができたのがその証拠だろう。
――――――
ブルースの「投げ槍」もまた、何とも原始的だったが強力だった。
チャンスの発端はクワガタ人間の「その高すぎる身体能力でもってジャンプしてしまった」というミスだったが、ともかくその期を見逃さず
「ちっ…! もう槍が無い!」
あと一歩というところで肝心の槍が尽きてしまったのである。
見習いとはいえプレデターでも歯が立たない圧倒的な白兵戦能力を持つクワガタ人間を倒すチャンスは、彼が中空に舞いあがり無抵抗に放物線を描いている(つまり一方的に飛道具で攻撃できる)このタイミングしかなかったのだが、二人にはもうそれを咎める手段が無くなってしまったのである。
ナオミにはプラズマキャノンという手が残っていたものの、クワガタ人間に顔面を斬られたときにオートAIMシステム(視線方向に自動で銃口を向ける)が損傷してしまいマニュアル射撃をする他なくなっていたことと、地面に叩きつけられたときのダメージが大きく
クワガタ人間が無傷のまま着地したら再び近接戦しかけられて今度こそ二人はおしまいだろう……というまさにそのとき!
「ブルース!!」
地上から救援のゴンドラが降りて来てのである。
ブルースはハッとなって振り向き、そして逆光となった二つの人影(片方はアニィだろう。小柄な彼女はシルエットだけでも一目瞭然だ)に向かって声の限り叫んだ。「空中のヤツを撃て!撃てつんだ!」
あれだけ地下に未確認の宇宙人がいると警告したのだ、丸腰という事はあるまい。
「早く!!」
ダァン!ダァン!
ブルースの求めに応じて、弾丸が発射される!
たかだが9mmのハンドガンだが、窒素で満たされた月の地下空洞では象がオーク材同士を叩きつけたような異様な音として響いた。
――どうだ!?
ゴンドラの方を向いていたブルースはまた振り向き直って、願うような目で頭上のクワガタ人間を見やった。
願いとは二つだ。まだ縦穴から顔を出したばかりで地下空洞の天井付近にあるゴンドラからクワガタ人間までは20mほど距離があり、誰かは知らないが射手がその距離で拳銃の弾を当てられる事が一つ。そしてもう一つは弾が当たったとして、クワガタ人間の外骨格の体に有効なダメージがある事である!
…結果だけを先に言うと、この願いは両方とも叶わなかった。
弾は当たらなかったし ――これは後年に分かることだが―― 9mmの弾丸では当たったとしてもクワガタ人間の外骨格を貫通する事はできなかったのである。
〈無駄だ…〉
地面に叩きつけられ全身を強く打撲し今だ立ち上がれないナオミは、人類チームの愚策に落胆した。あんな‟貧弱な射撃”で倒せる相手ではないと分からないのか。弾丸のような貫通力だけの攻撃はあの硬い外骨格に向かず、槍や鉄球(ハンマー)のような重いモノの正攻法の運動エネルギーで砕かねばならないのに――とナオミは人類に一縷の希望を託した自分を呪った。
〈く…! アイツが着地したら…たぶん…こっちに戻ってくる。くっ……〉
ナオミは全身打撲の体に鞭を打って身を起こした。
〈戻ってきたら…はぁはぁ… わたし達は皆殺しにされるぞ…〉
ナオミは今できる最善の迎撃体勢を整えるべくなんとか膝立ちの姿勢になると、プラズマキャノンのチャージを開始した。しかしプレデターのこのキャノンはオートAIMありきの武器だったので
〈バレているだろうが…至近距離まで引き付けるしかない〉
彼女は今は撃たず、斬りつけられるギリギリまで引き付けようと考えていたのである。
そうやってナオミが「やはり自分以外は頼れん」とばかりに腹をくくったそのとき、しかし思わぬ形で人類チームの攻撃は成功した。
それは何発目だろう。
人類からクワガタ人間へ向けっての一方的な銃撃が続いたあと不意に
「当たった…!?」
クワガタ人間に大きな動きがあったのだ。照明弾の光を黒い体がキラリと反射する。クワガタ人間が大きくよろけたのだ!
「効いたのか!?」
ブルースはさらに食い入るように凝視する。ナオミも一瞬、銃撃が当たった上に思いの外、効果があったのかと思った。しかし
〈…違う!〉
いや違う、よろけたのではない。
〈と、飛んだのか!?〉
「と、飛んだのか!?」
ブルースとナオミはそれぞれの言語で、同じ唖然を叫んだ。
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