第191話 原罪。月面のカインとアベル(中編)
昇りかけた地球が照らす月面の真ん中…
数十億年前からすべてが完全に静止しているはずの灰色の大地の上にシミのような赤い霧(※前話参照。血のダイアモンドダストの事である)が広がり、さらにその中にポツンと2つの点があった。その2つの点は、クレーターを俯瞰する壮大な
争い合う2つの点…。
神の視点のような高空から見下ろすと「なぜこの穢れの無い浄化された世界で殺し合う必要があるのか」と滑稽に見える。しかしそれは神の理屈だ。地に生きる者たちには避けられない戦いというものがある――!
ではカメラをズームインしよう、2つの点が
バフッ!
赤い血の雪が降る中、遺灰のような月の土が舞った!
「ぬ…うぅぅん!!」
『がはっ!』
エースの腹にナイフを突き立てていた。
『く…くそ…』
もちろんエースは反撃を試みる。
だが、そのためには暴れる体の制御を理性が取り戻さねばならない。本能のままに暴れてもこのまま殺されるだけだ。
――落ち着け…!
エースは自分の本能に言い聞かせる。
これを
彼はまず、後ろから首をホールドしている敵の腕を解こうと、無意識および非効率的に抵抗する両手を
――違う、この方法じゃあない…
――脇腹のナイフは今は忘れて…考えるんだ…!!
彼は薄れゆく意識の中で「まずは、この亀の甲羅のようにガッチリとくっついてやがる敵を引き剥がす事を考えろ…!打撃ならこちらが上なんだ」と自分自身に語り掛けている。
まさに総合格闘技のようである。
猿から進化したネッゲル青年は寝技を得意とし、恐竜から進化したエースは立ち技が得意なのだ。無論それをネッゲル青年も分かっていたので、彼はこの千載一遇の好機を逃すまいと全精力を向けてホールドを続けている格好だ。
と、そのとき…
『そ、そうか…!』
ナイフによる貫通孔でスーツ内の気圧も下がりだし、遠のく意識の中でエースは右手の甲に装備されたフレアボールの投光器にまさに光明を見い出した。
『こいつを暴走させて…』
投光器を暴走させて爆発させれば ――フレアボールはただのプラズマ化した希ガスなので爆薬のような体積膨張は起きないが―― それなりの衝撃は与えられるに違いない。
そう気付いたエースは投光器に無茶な出力設定を入力した後、それを手の甲から外して1mほど体の左側面に投げ捨てた。兵器というよりは実験装置だった事が幸いしてセイフティなどを持たない投光器は臨界に達して間もなく爆発するはずだ。
一方、ネッゲル青年は敵が何かを放ったことには気づかなかった。彼は目さえ閉じて残された力を振り絞っていたからだ。灰のような月の土にまみれ、敵の背中にしがみつくという無様な攻撃方法は、むしろ彼の矜持の現れのようだった。
「ぐぐ…ん…ぬ…ん!」
さらに他方!
『うおぉらぁ!』
エースは右手だけで腕立て伏せをするように思い切り地面を押して、メンコがパタンとひっくり返るように左に転がってみせた。まさにひっくり返った亀のように情けない姿だったが、甲羅に相当するネッゲル青年のさらにその背中と地面の間には――!
臨界に迫るフレアボール投光器が挟まれていた。
ボウッ!!
エースが想像したより遙かに大きな爆発が二人の体を引き剥がした。
爆発の衝撃でネッゲル青年は組み付いていたエースの背中を離してしまったのである。
「なん…だと!?」
『よくわかねぇが、やったぜ!』
どうやら投光器が融解する際の熱が、ネッゲル青年のバックパック(拡張用の電源やら酸素タンクだ)を刺激して大爆発を起こしたようだ。液体酸素の爆発は単なる急膨張であり熱は発生させいために致死性はなく、二人は吹き飛ばされた後、なお意識を保ったままだった。代わりに、ゼロ気圧の月面で一気に気化した液体酸素の暴風が、周囲の血の霧を振り払った。
二人の視界は嘘のようにクリアになり、二人は初めてお互いの姿を正視した。
「……!」
『……!』
真っ黒な宇宙と昇り始めた地球がサピエンスとサウロイドを
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