第258話 小休止(前編)
月面車
何故かサウロイド達は素直に撤退してくれ、人類はドックの奥で彼らの侵入を阻んでいた重厚なエアロックの扉を突破して基地の内部へ道を開いた。
もちろんエアロックは二重扉(扉と扉の間に気圧を調整する小部屋がある)になっているが、小部屋の内から外へ開ける事は造作もない。サウロイド達の文字は読めないものの、構造としては似たようなものだから内から外へ扉を開くのは簡単だ。
隊長のノリスほか何人かは、もうエアロックの小部屋の前まで移動していて、扉を突破した功労者であるジェレミーとマニーを賞賛していた。ジェレミーはピンピンしているが、元より瀕死だったマニーは力を使い果たしていた。彼はもうほとんど意識が無かったが、仲間に囲まれて心なしか頬を緩ませている。彼はきっと数分で息絶え、あとは母国フィリピンで英雄となる事だろう。
一方、ドックの奥にあるエアロックとは反対側の月面を振り返っている者もあった。
上下の観音開き(ガンダムのホワイトベースのカタパルト…といえば分かる人には分かり易いだろう)で、ガバッと開け放たれたドックのゲートからは荒涼とした月面がありありと見える。
その光景を物憂げに見つめながら、彼は月面で散っていた仲間に黙祷した。
「ああ
――キラッ…!!
彼は、その遙か遠方で何かの光を見たのだ…!
「……?」
それは雷光だった。
「!!」
月で起きるはずのない雷光…。
それが示すところはある人工物から膨大な放電があったという事だ!それはつまり……!!
「みんな伏せろぉ!! レールガ―――
ドドドォォン!!
レールガンだ!
その雷光とはMMEC砲台が鉄心を放ったときの
しかもそれは最悪の殺人弾であった。
通常弾は1.5mの鉄パイプのようなものであるが、これはその一本が300本の鉛筆サイズに分裂する代物である。
ドック内は一瞬、針山地獄の様相を呈したかと思うと、その刹那…
ブゥワァァァ!!!
大爆発が起きた。
傷ついた無数の資材コンテナが爆発したのである!
――――――
―――――
――――
そのドックで起きた爆発の衝撃はA棟全体に波及し、その震動は負傷により泥のように眠っていたエースを目覚めさせるほどであった。
針山地獄から一転、のんきな描写になる。巨大とはいえ同じA棟内でありながら、まるで天国と地獄だ。
『……んだよ…。むにゃむにゃ』
エースは鳥類的にギョロッと片目だけを開き、それから寝返りを打った。
何度も注書きが必要で面倒であるが「エース」というのは彼の本名で、
『くぁぁぁ…!』
エースはベッドの上で右向きになりつつ大あくびをした。
人間の大人が横向き寝る場合、肩と頭の間に隙間が空きすぎてしまうため枕が無いと辛いが、サウロイドやラプトリアンは鎖骨が狭く首が長く柔らかいため枕は必要としない。ただ、枕が無いかといえばそうではなく、ラプトリアンの場合は尻尾の付け根に枕を必要とした。ラプトリアンが横向きに寝る場合、発達した腿やお尻と尻尾の付け根の間に大きな隙間があり、そこに枕を置かないと尻尾が無理な角度で下に引かれて寝違えてしまうのだ。
――で、この説明で何が言いたいかというと、ともかくサウロイド世界にも「枕」というクッションがあるという事である。
そして、その「枕」が大あくびしているエースの口に投げ込まれた。
――バスッ!
枕はだらしなく、大口であくびをしたエースの口にパクッとはまる。
『くぁぁぁ……ああっ!? ゲホゲホ』
『よく寝ていられるわね。もう麻酔は解けているはずよ』
投げたのはゾフィであった。
彼女はすでに与圧服の
『はは、ごあいさつだな』
エースは口にはまった枕を両手で退けながら、悪友に出会ったときの柔らかな苦笑を作った。
しかし枕が口にハマるというのは哺乳類からは信じられない。サウロイドもラプトリアンも知能特化の進化を始めたここ数百万年は「牙を武器にするような生活」をしてこなかったが、それでも先祖の名残で頬が無い事もあって、こうしてグワッと口を開く事はできるのだ。それが現代社会においてて何かの役に立つとは言えないが…まぁ、ともかく歯磨きは楽だろう。乾燥できるから口腔内は雑菌が少なく衛生的である。
なおサウロイドとラプトリアンは恐竜にしてはめずらしく「異歯性」を獲得していて、犬歯と奥歯の二種類を持っている。奥歯までトゲトゲという事はないから口を開けてもワニのような印象はなく、どちらかというとヴァンパイアのイメージに近い。
『さてと……。うぅぅん』
そしてエースは寝袋から完全に這い出ると大きく伸びをしつつ、シャーロック・ホームズのように周囲の負傷者の様子とゾフィの与圧服を見て戦況がうまくいっていないことを機敏に察知した。
『んで、奴らに押されているんだな?』
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