第259話 小休止(後編)
A棟の中央付近にある医務室。
『んで、奴らに押されているんだな…?』
戦況が悪化したようで、彼は再び
エースは寝袋を這い出て大きく伸びをしながら言った。ただ、猛者であり楽観主義でもある彼の言葉には、文面通りの悲観的な響きは無い。
カップラーメンのお湯が足りないんだな、ぐらいのガッカリぐらいの軽妙な口調だ。
『そうなのよ』
対する与圧服姿のゾフィも、それほど緊迫感はない。
彼女が着ている与圧服は、ただ真空に耐える性能だけを持つ室内用の服で非戦闘員が緊急時に着用するものである。宇宙に耐えれる服は、宇宙服と月面服と与圧服の3種類がある。性能としては宇宙服と月面服は一長一短で、前者はスラスターで空間移動ができるが手足の可動域が狭く動きづらいのに対し、後者はスラスターは持たないがシンプルで頑丈で動きやすい。月面で殴り合いをするなら月面服だ。
そして与圧服は両方の悪い所どりで、動きにくくスラスターを持たない。ただ酸素容量と尿パットだけはたっぷりあって、生き残るだけなら8時間は持つだろう。
『うん、とりあえず非戦闘員はC棟に退却よ』
ゾフィももったいぶることなく、さらりと説明した。
ミシュランマンのようなダボダボの与圧服が滑稽で可愛らしい。一応、着ているのは尻尾袋が無いサウロイド用のものだが、彼女のサイズの与圧服がないのだろう。
『そりゃ、こまったな。…俺はどのぐらい寝ていたんだ?』
『アンタが運び込まれてから?』
『そう』
『1時間』
『い、1時間!?』
エースは頭を抱えた。
『こういうのって「アナタは3日も眠っていたのよ」っていって目覚めるものじゃないかな?初の月面戦闘に始まって、‟宇宙人”と戦って、腹刺されて、命からがら帰還して、爆睡したのに1時間とはね!』
『それはたしかに。はは』ゾフィも少し吹き出した。『ご愁傷様』
『で…俺も移動というわけか』
『そうね』
『非戦闘員扱いかよ。この俺が』
そう言うと、エースは何と勝手にベッドを出て自分の足で立ち上がってしまった。軽口は叩くが不平が少なく独断が早い、さっぱりした男である。
『え、ちょっと寝ていてよ!』
『大丈夫だ。月は優しいからな。しかし、どちらかといえば…』
月の重力が弱いから腹の傷は大丈夫だと彼は笑ったあと、ブルッと身震いした。
『寒いことが問題だぜ』
『勝手に起き上がって寒いとはね』
ゾフィは呆れた。
『そのままベッドに入っていれば医療スタッフが搬送してくれたのに』
『動ける者を搬送する必要はないさ』
『そうじゃなくて服(与圧服)が無いのよ。その蓑虫ベッドに入っていてくれれば基地の空気が無くなっても安全だったのに』
月面基地の医療用のベッドは、刑事ドラマなどで見る黒いゴム製の死体袋のような作りになっていて、いざとなれば密閉して患者を真空中でも搬送ができる仕組みになっていたのだが、その寝袋からエースは勝手に立ち上がってしまったのだ。
『え…?』
『だってそうでしょう。いま敵がこの区画の壁を破ったら、アナタ死ぬわよ』
『あれ、そんなにヤバいのか?』
『月面車
『近っ! …なにやってんだよ、
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