第47話 死骸

 閑話休題。

 今は、エースの戦いを追おう。


 エースは月面の低重力の助けも借りて、痛んだ右足をほとんど使わず、左足だけで連絡通路の中を進んだ。


 ヘルメットのキャノピーの内側には半透明の液晶パネルが備え付けられ、彼の視界の左上には外気の情報が表示されている。

 彼はそれを見た。

 気圧の数値は半狂乱に踊っているが、温度はだいたい120ケルビン(マイナス150℃)で安定している。気圧の変化はもちろんホール3仮設基地から流入する空気のせいだが、温度を見る限り、ここはもう通路と言うよりは月面に打ち棄てられた、ただの筒状の布の中に過ぎない事が分かる。


 と、前方にあるはずのない光が揺らいだ。


 夜行性だった祖先ほどではないが、彼の鋭敏な網膜は微かな光を見逃さない。何の光か…たぶん空中で撃ち抜かれた一匹目のエイリアンの硬い皮膚(外殻?)の細かな破片が尚も月の空に舞っていて、それが高空で太陽光を受け、地面へと反射したものだろう。

『あそこか…?』

 その弱々しい光は天井の裂け目を示すように、そこから注いでいた。そしてその下に何かの塊があるのを見つけるのは容易い事だった。

『死体…。‟どっち”のだ…!?』


 歩みを進めながら、彼の頭の中で二つの想像が駆け巡った。


 一つ目は「始まり」であるというもの。

 その死体はラプトリアンかサウロイドの研究者で、エイリアンの幼体を検体として運んでいるときに脱走を許し、逆に襲われてしまったというものだ。幼体は天井を破って逃げたんだろう。

 いや…しかし。

『いや、バカめ。あのドスンという音は、ついさっき聞いたんだろう』エースは自嘲気味な安堵の溜息をついた。『の方が合っていそうだな』


 推測の二つ目は「終わり」であるというのもの。

 その死体は自分が尻尾に傷を負わせたエイリアンで、連絡通路の上を伝って巣になっているホール3仮設基地に逃げ延びている途中に力尽きたのだ。そして傷から溢れる体液が通路の天井を溶かして、通路の中に落ちたに違いない。エースはそう思った。


 多視点を持つ我々は、エースのその推測が少し間違っている事を知っているが、まぁ概ね正しいと言えるだろう。


『ほらな…!』

 エースは、いよいよその黒い塊の前まで歩み出ると、万全を期して右手のフレアボールを向けながら、ヘルメットのこめかみの辺りに設置されたライトを全開にした。

 

 ――!

 パッと照らし出された視界には、やはりエイリアンの死骸があった。

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