第140話 80匹の猟犬(後編)

 すでに攻撃目標である月の軌道を周回しているガルダ型ミサイル……そのうちの80発に指示を出す準備が進んでいる。


 80発のミサイル達はまるで猛った猟犬のように獲物(サウロイドの砲台)を睨みつけながら、主の口笛を待っていた。

「よろし。では副長」旗艦である二番艦デイビッドの艦長の真之は、隣の席のアヌシュカを見やった。「着弾時間の指示を」

「…1010秒後を提案します」

 アニィ(副艦長のアヌシュカの愛称)は猫背になって身を乗り出すようにして、モニターの計算結果を凝視しながら応えた。

「345秒後、660秒後にもですが、目標に対して綺麗な包囲陣になりません」


「どうです?」真之はその提案を参謀長のアンリに中継した。

「良いでしょう」アンリはさらにボーマン司令へと中継する。

「ああ、それでいい」ボーマンはゆっくり頷いた。「多少敵に時間を与えたとしても第二波は包囲攻撃……敵から見たときミサイルが押し寄せるようにしたいのだ」


――まさに逃げ場なし。いや砲台なのだから最初から逃げる事はできまいが。


「了解」

 真之はボーマンの返答に対し、一切の意見や感想を含まず仕事に徹している。アニィを副長と呼んだように、二番艦のブリッジ内で喧々諤々の意見を交わしている時とは違うのだ。

「各艦へ通達。着弾予定時間は今から995秒後…01:15:44に設定。各ミサイルの制御は担当艦に任せる」

 真之は最後にもう一度、視線でボーマンに号令を促した。形骸的なものだがGOサインは総司令から言ってもらわねばならない。

 ボーマンは静かに頷くと、それから割に言った。

「では、攻撃開始」

「了解。各艦、攻撃開始…!」



 こうして、人類の第二波の攻撃が始まった。


 今度も第一波と同じガルダ型巡行ミサイルである。

 初弾のフェニックスミサイルの反省から遠隔操作は諦め(この時点では人類は敵が未知の強力な障害電波を放っていると思っている。実際は次元跳躍孔の作用であるが)完全な自律制御式のガルダが使われた。

 各艦が装備する全てのガルダは前章の通り、発射されていて月を周回して待機している。

 その軌道は、敵の何らかの未知の対空兵器によって一網打尽にされないよう、一見するとバ。もし月全体を俯瞰し、全てのガルダの軌道を太く描画したなら、まるでのように見えただろう。月を覆い尽くすミサイル(糸)の軌道だ。


 それは攻撃する側の人類からは壮観で、攻撃されるサウロイドからすれば絶望の光景だったろう。


 さて――

 そんなガルダのうち、80発がそっとその安定軌道を離れた。


 一部は針路を変え、一部は高度を変え、一部は増速し、一部は減速をかけて……それぞれの軌道を調整していく。

 月全体を俯瞰して「糸玉」としてガルダ達の軌道を見ても、あまりに同時に多くの「糸」が動き出したので、一瞥しただけでは無秩序な動きのように見えたろう。しかしそうではない。それはまるで割れるグラスの映像を逆再生したように、一見するとメチャクチャな動きが、に向かって収束しようとしている…。

 つまり、1000秒後にはサウロイドの22番砲台に、だ。


――――――

―――――

――――

 

『第二波を感知しました!』

 ラプトリアンの管制官は戦慄した。恐竜なので汗はかかないが腕の羽毛が逆立っている。

『敵のスーサイドロケット群です!規模は……』

 基地を中心に半径50kmでグルリと囲む第二郭、その長たる14番砲台(ハーフテイル)の大きなレーダーがじんるいの追撃を察知したのである。

『規模は少なくとも…先の20倍。現在、観測範囲内ですでに61発を…いえ62発を確認!』

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