第24話 殺戮者の正体

『みんなやられてしまったとか?』

『まさか…』

 エースはエアロックのドアを一瞥した。

 ドアの向う、A棟の奥には闇だけが広がって冥界の門のようであった。こんな事ならTecアーマーを完全装備してから来るべきだった。しかし…

『いくぞ!』待ってはいられまい。


 その時だった。

 バババッと、低く鋭い音が響いたかと思うと一瞬にして空気の流れが変わった。

 空気は彼らを誘うかのようにある一定の方向に流れ始めた。

 エースはすぐに気づき、走り出した。誰かが銃を使ったのだ。そしてその銃がA棟の壁に穴を開けたに違いない。

『お前は下の階だ!』

『はい!』

 A棟も同じく、地上階と地下階の2層構造になっている。二人はエアロックドアを潜ってすぐの階段で上と下に分かれた。とはいえ、部屋以外の通路部分の鉄格子状の床で分けられているだけなので、エースは下を、ラプトルソルジャーは上を向けばお互いの姿が見える形である。


『しかし発砲するとは!』

 地下階のラプトルソルジャーは、頭上を走るサウロイドの足に向かって言った。

 不安からだろう、益体の無い台詞である。

『テクノレックスだぞ。そういう相手だ!』

 エースは、ほとんど無視といっていい厳しい台詞を返すだけで、意識は風の道標に集中していた。

 ――逃がしてなるものか!

 進むに従って、どんどん空気の流れは強くなっていく。穴が近いのだ。


 A棟の中は迷路のようだが広大な基地ではない。位置さえ分かれば距離は…そう考えながら十字路を曲がった、その時だった。

 4人の兵士が隊伍を組んで銃を構えている図が、明滅する警告灯の紫で切り取られて視界にフラッシュした。

『味方だ!』エースは咄嗟に叫んだ。鎌のように振り下ろした足の爪を床の格子のマスの中に差し込むと、それをアンカーに急停止をかけた。

『注意しろ!』向こうの兵士も叫び返してきた。

『っ!』

 ――危うく撃つところだったぞ、という意味の『注意しろ!』なのか?

 エースの頭の中をそうした推測が巡り、『注意しろ』の意味を理解するには刹那の間が必要であった。

 ――いや…警告だ!

 エースはとっさに前後左右を見回した。

 自分は十字路にいる。どの方向から攻撃が来るか分からない。きっと彼らはテクノレックスを取り逃がした直後なのだ。


 エースの顎がカチカチ鳴っている。

 これは恐怖の震えではない。臨戦態勢、武者震い、筋肉のアイドリング、サウロイドの祖先である小型の獣脚目も行った本能行動である。


 ――来るか!?


 しかし攻撃されたのはそうではなかった。

『ぐぁあああぁぁっ!!』

 視界の下側を巨大な影が駆け抜けたと思うと、ラプトルソルジャーの悲鳴が基地中に響いた。

『なにっ!?』 

 階下のラプトルソルジャーが襲われたのだ。

 照明のせいでよく見えなかったが彼を襲った影は音もなく忍び寄り、素早く柔軟で、そして成人のラプトリアンより巨大に見えた。


『大丈夫か!?』

 エースは階下に向かって叫んだ。

 

 この敏捷性…コイツはテクノレックスなんかじゃないぞ!

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