第468話 白銀の獅子(メス)

 死んだばかりの動物を食う、というのはなかなかできるものではない。

 飼育環境にあると、そういう本能がまっ先に失われるからだ。


 しかしその四つ足の肉食動物は ――猿人間の家畜のはずだろうに―― 躊躇いなくなたで斬り殺されたばかりの子供のラプトリアンの死体を貪り始めたのである。

『…!?』

 その様はヤーレンとコレイを大いに戦慄させた。

 サウロイド世界にも猟犬の文化はある。アミークス(アミークサウラ)という小型恐竜が彼らにとっての“犬”であり、家畜化と品種改良を施して一昔前には狩りや牧羊に使役していたが……いま眼前で生肉を食らっている四つ足の獣は彼らの思う猟犬文化とは逸している。野生の攻撃性が残っているように見え、とても家畜とは言えない。


――家畜というよりは野生動物と共闘しているかのように見える…

――この猿人間は自然と対話する能力でもあるのか

 ヤーレンは電磁長銃レールガンの照準を覗きながらそう思った。


 この間も、その四つ足の肉食獣はヤーレンの銃口が向けられている事には気づかず食事…いやを続けた。獲物は子供のラプトリアンである。

 最初、肉食獣は玩具を見つけたかのように尻尾を囓っていたが、だんだんにようで(猫にありがちなことだ)次には胴体に噛みついてブンブンと振り回して投げ上げたりした。自分で投げては追いかける…ぬいぐるみで遊ぶようなそれが何度か続き、いよいよ転がった死体の服が千切れて露わになったとき、まるでスイッチが入ったかのようにガブリと子供の柔らかな腹に豪快に食らいついたのである。

 ウェディングドレスの花嫁が大粒のトマトでも食べるように、その魔獣のが鮮血で染まっていく…!


 サウロイドの目にはそれは魔獣にしか見えないが、我々は少なくとも虎かライオンの近縁種の大型の猫科動物であると分かっていた。しかし同時に見たことのない種でもあった。ホワイトタイガーともサーベルタイガーとも違う、ともかく“虎より大きい銀色の獅子”なのだ。やはり同じ猿人間ホモサピエンスだが確率次元が違うのかもしれない――と我々が思ったその刹那だった。


 ギャン!

 その獅子が空に舞った。いや…!

 舞うと言っても吹っ飛び方だ。車の事故のように運動エネルギーが奔放に暴れ回っている!そして――

 ズドーン!

 少し遅れて音がやってきた。

 その音で我々はようやく事態を理解する!ヤーレンが電磁長銃を発射したのだ。そしてレールガンは見事に獅子の胴を捉え、ビリヤードの一球目(ブレイクショット)のように獅子の体を真っ二つにして、すっ飛ばしたのだ。

 ズドーン…ズドーン…ズドォォ……!

 音速を遙かに超えるレールガンの衝撃波にとっては、まるで空全体がコンサートホールの天井のように音を反響させる。もちろん、これで全ての猿人間に気付かれただろう…!

 だがそんなことは知ったことか。もともとキュクロスクスの駆除のための電磁長銃なのだ、消音性能は考慮されていないのは分かっている!

『やった…!』

『ああ…』

『次だ!』

『ああ!』

 場所がバレる前にもう一発ぐらい――とヤーレンとコレイは考えていた。なんなら猿人間達がこちらを過大評価して、一時撤退してくれたら尚のこといい。

 ヤーレンはコレイから弾薬バッテリーを受け取り、すぐに再チャージに取り掛かった。電磁長銃は戦闘用でなければ、ほぼ重戦車のような存在感のキュクロスクスの分厚い皮を貫く火力を達成するために1発で全てのバッテリーを使い果たしてしまう。そのため1回の射撃ごとに缶コーヒーのようなサイズのバッテリーを丸ごと外しては、次のそれを装填する必要があった。バッテリー缶の1つ1つが迫撃砲の弾薬のようなものであり、そしてその弾薬バッテリーはあと5つ残されている…!


 キィィーン…!

 パワーチャージもとい、磁界が長い銃身に形成されていく。

『奴らの様子は…!?』

 コレイが鉄心たまを挿入しながら言った。鉄心は中折れ式のショットガンのように銃の後ろから挿入される仕組みである。コレイがそれをしてやることで、この間もヤーレンは狙撃姿勢を崩さずに次の標的を探すことに集中できた。

『こちらの位置には気づいていないようだ…!右往左往している』

 真っ二つに千切れ飛んだ白銀の魔獣の安否を気にしても無駄なことは猿人間も知っている。なんなら魔獣の上半身はまだ意識ぬくもりがあるかもしれないが「大丈夫か?」などという湿っぽいことはせず、さっさと命を見限ると何かを叫び合って走り回ったり物陰に隠れたりしている。

『お前が“枝”と呼んだ奴が、荷車の影に隠れたぞ…!』

『おお、ちょうどいいじゃないか』

 コレイは鉄心を銃に装填し終えると、銃後部のほどの大きさなのに1kgもありそうな重厚な蓋をガチャンと閉めて磁界の逃げ場を封じた。発射態勢、完了である。

『荷車ごと貫いてやれ…!』

『当たるかわからん』

『砕け散った荷車の破片が代わりにやってくれるだろう』

『そうだな…!』

 ヤーレンは尻尾を振り上げ、全体重のより一層の力で銃を抑え込み、今まさにトリガーを引こうとした。が!

 そのとき、今度はさきほど逆のことが起きた。


『う…っ!』

 ヤーレンの耳のすぐ傍らでコレイの声にならない絶叫が聞こえたかと思うと、その絶叫は何故かのである!そしてそれを不信に思ったヤーレンは引き金にかけた指を緩め

『コレイ、どうした』

と叫び振り向こうとした瞬間、今度は自分の体が後方に舞っている事に気づいた。

『な…!』

 巨大な敵に主人公が殴られて吹っ飛ぶシーンはヒーロー映画で定番だが、そのメイキングで見るようなワイヤーで後ろに引っ張られるスタントの動きの、そのままが彼の身に起こっていたのだ。

 最初は何がなんだかわからない。身構えていない首や腰は変な方向に曲がり、捻挫してしまった。だが中空を吹っ飛んでいる最中に彼は状況を理解した。


――自分は尻尾を噛まれ、後ろにブンッ!と振り回されたのだ。


 尻尾を噛まれたことの痛みはなかったが、それは体が「痛がっている場合ではない」と言っているからである。ヤーレンもコレイも不意を突かれただけでまだ戦うことはできる――と彼らも彼ら自身の体もそう言っていた。

 しかし……!


 ドスン!

『くぅ…』

 二人が港の整備棟の壁に体を叩きつけられ、埃をかぶりながら立ち上がった瞬間、勝負がついた。普通の映画ならば敵が「ほう、まだ生きているか」と待ってくれるタイミングだが、その野生動物は容赦がなかったからだ。

『はっ!!?』

 立ち上がって焦点が合った瞬間、二人の目に飛び込んできたのは、あの白銀の魔獣が自分たちに飛び掛かってくる瞬間の構図だったのだ。

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