第293話 モンスター映画でよく見るアレ

 サウロイドの捕虜となっていたネッゲル青年は、サウロイド達が想像もしなかった人間の腕の器用さと、そしてかなりの幸運に助けられて危機を脱した!


 閉まりかけていたゲートをヘッドスライディングで潜り抜けた彼は、30人もの敵を元居た空間(C棟の廊下)に置き去りにし、隣の部屋に逃げ込む事ができたのである。そこは――彼が知る由もないが――十字の形をした基地の中央、通称「ジャンクションホール」であり、東西南北の棟へのアクセスが可能な絶好のポイントであった。

 

揚月隊みかたはどっちだ…?」

 検体サンプルとして捕まっていたので全裸だが、そんな事は全く気にも留めず、彼はいま潜ったゲート(南のC棟)を背にしつつ、前と左右のゲートをキョロキョロと見回す……と、そのときだった!


 グワッ!

 彼は前に倒れ込んだ!何かに足首を後ろに引っ張られたのだ!


 まるで目隠しでフリーフォール型の絶叫マシンに乗せられたように、予期しない衝撃に首は鞭のごとくしなり、体が倒れ始めるときにいったん上向きになって、体が地面に倒れると遅れて今度は床に思い切り顔面をぶつけてしまった。

 鼻血が吹き出る。

 しかしそれどころではない。それ以上の激痛が発せられていたからだ。


――なんだ!?

 うつ伏せの姿勢から、レスリングのように怪力でもって体を捻って横向きになりつつ足の方を確認するや、彼はその激痛の原因をすぐに理解した。


 彼の足首を、サウロイドの手……いや足が掴んでいたのである!


 まるで怪奇映画のように、いやまさに映画のように閉じかかったゲートの隙間からニュッとサウロイドの4本の指が伸び出ていて、その鋭い三本の爪で彼の足首を突き刺して掴んでいるのであった!


 混乱するが、この4本指とは足の指の事である。

 サウロイドもラプトリアンも、彼らの足は猛禽類のそれのように強靱で器用であり、もしベッドの下を雑巾がけするとき人間なら体を低くして腕を差し込むが、彼らの場合は片足でスクワットしながらもう一方の足を差し込むほどである。


 そしていままさに…そのが圧倒的な活躍を見せた。


 ネッゲル青年も無意識に、閉じかかったゲートから「ここまでは手を伸ばしても届くまい」という距離をとっていたはずだったが、想像以上に長く延びてきた足に捕まってしまったのだ。

 思えば、彼がエースとの一騎打ちに負けたのもキックの間合いを見誤ったせいだった。


「くぅ!」

 手のように器用な足の3本の指(彼らの足も鳥と同じ4本指だが、ここで使用していない人差し指はバナナのように巨大な鉤爪であり、検体かれを傷つけないよう使わないようにしているのだろう)に、ネッゲル青年は足首を掴まれてグイグイとC棟側に引き込まれそうになった!


 ゲートの下端と床の隙間は30cmほどしかないので、お互いの状況はよく見えないがゲートの向こうで『捕らえたぞ!ここだ』と叫んだらしい‟鳴き声”がすると、ワッとその隙間から次々に他の足も伸びてきて、彼を掴もうとしてきた。


 まるで「クモの糸」を横にしたような状態だ。

 3本の指しか持たない罪人達に襲われているようである!


 ゲートの隙間から伸びてきた無数の手(いや足)に、すぐさまネッゲル青年の右足は絡みつかれ、彼らも手加減しているのだろうが腿や脛に爪が食い込んで流血した。そしてさらには多勢に無勢の圧倒的な力で呆気なくC棟側に引き込まれてしまいそうになるが――

「俺の事を殺せるか!?」

 彼も彼で左足と両手をゲートの下端に置いて粘った。

 姿勢としては「プールから上がる瞬間の、右足は水中に残して左足と両手で屈んでいるポーズ」をそのまま寝かしたような形である。

 これはかなり力が入りやすい姿勢で、何とか踏ん張りる事が出来た。

 同時に!

 この間もどんどんゲートは閉まっていき、このままでは右足はギロチンにされてしまうわけだが、当のネッゲル青年は全く怯む事はなかったからすごい。

 度胸比べだ!


「やってやる!」

 締まりかけのドアの隙間からモンスターに掴まれる、という映画でしか見たことのない悪夢に彼は挑んだ。それに科学者連中は「希少動物を殺したくない」と言う思いを持っているに違いない。さらにバイオハザードの件もある。

 つけこむならそこだ。

「どうだ!?俺は死んでもいいんだぞ。え!?どうする!俺の血の除染が大変だろうなぁ!!」

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