第31話 電源復旧へ
『よし…今後の作戦を伝える!周囲を警戒しつつ聞け』
ラプトルコマンダーは、鳥が獲物に意識を集中するときのように胸を張り、首をS字を描くようにキリッと後ろに引いて叫んだ。
『安全を優先して技師を各
4人のラプトルソルジャーのうち、一人だけはエースを怪訝そうに一瞥したが、それ以外は黙ってコマンダーの声に耳を傾けている。
ラプトルコマンダーの階級はエースと同じ中尉だが、仮にエースが少佐だったとしても特別な事情が無ければ、本来の上官である彼に指揮権がある。サウロイド世界のルールはそうなっていた。
『ホール3仮設基地が危機に陥っている事が分かった。そのためリスクを負って少しでも早く電源の復旧を急ぐ必要がある。これよりA-13に向かうぞ。確かあそこに融合炉の技師がいたハズだ』
『はい!』4人は答える。
『彼らを護衛して電源を復旧させる。そしてエースは…』
『分かっているさ』
足手まといになるのが分かっていたエースは大人しく頷いた。斜に構えた言動を演じていても内実は熱い男である。目の前で殺されたラプトルソルジャーの仇を討ちたいと内心では滾っていたはずだが、それをグッとこらえていた。
――仕方がないな…。
『ああ、お前はC棟に戻ってくれ。司令に状況を伝えてくれ』
『そうする』
とにもかくにもこの危機的状況が続いている一番の要因は、次元跳躍孔ホールの影響で電波が使えない事にある。一言を伝えるのでも、こうしていちいち自らの足で赴かねばならないのだ。
エースは思った。
――中に空気を満たすのが大変だって理由で、伝声管(※)を作らなかったのは設計師の大ポカなんじゃないか。…この基地は欠陥だらけだぜ。
※文字通り声を伝えるためのパイプである。『天空の城ラピュタ』の中でタイガーモス号で使われているシーンを目にしたことがあるだろう。糸電話に毛が生えたような原始的な通信機器で、管の入口と出口の両方の気圧差が無い事が前提で月面基地には不向きだという判断で設置されなかったわけだが……
『やれやれ、室温も下がって来たな』
気づけばエースの吐く息は白く変わっていた。
『残電力が50%を割り込んだんですよ』ラプトルソルジャーの一人が答えた。『そうなると、暖房は生命維持ギリギリの室温を狙うように自動で切り替わるんです』
『動いていないと死んじまうぜ…』
『やはり毒かもしれんぞ?司令に言伝したら医務室で休んでいろ』体調が急激に悪化しているように見えるエースに、コマンダーが言った。
『毒というより…酸かもな』
エースは言いながら、目線と顎でエイリアンの残した血痕を示した。
これは人間と同じジェスチャーだ。
おそらくアイコンタクト、目線を使った仲間との意思疎通は知的生物への進化の中で必ず通る過程なのだと思われる。
というのも、人間の白目もそのために進化し獲得したものだからだ。
たとえばチンパンジーは人間でいう白目の部分が着色され茶色になっていて、光を取り込む黒目の部分が目立たないようになっている。これは黒目がどこを向いているのかを分かり難くするための工夫だ。野生生物にとって自分の視線を敵に読まれるというのはデメリットなので、白目部分をなるべく黒くする事で黒目(視線)がどこを向いているのかを隠しているのである。しかし人間、つまり知的生物は違う。視線を分かり易くするためのデザインになっている。敵に視線を読まれるというリスクより、仲間にどこを見ているかを伝える事を重視して、祖先が迷彩で覆い隠した白目を再び真っ白に染め上げたのである。
元々備わっていた野性の工夫を覆すほどの社会性が発達した事を示す事例である。
ともかく――
そうしてエースが視線で指し示す方向には、エイリアンの切断された尻尾から滴る体液と、惨殺されたラプトリアンの血痕が線路のように二列になって闇の奥へと続いていた。
さらによく目を凝らしてみると、その線路がヨレて少し交わっている所から不気味な霧のようなものが立ち上がっているのに気付く。
『あれは…』
『
おそらくここに人間がいれば異臭を嗅いだに違いないが、面白いことにサウロイドもラプトリアンは嗅覚を人間以上に退化させる進化を歩んできたのである。もしラプトリアンの血液がエイリアンの酸によって分解されたのなら、アンモニア臭がするなどして分かりそうなものだが、彼らの鼻は知る事ができなかった。
『なるほどな。…現時点では何かは分からんが』ラプトルコマンダーは四人の部下に言った。『皆、アイツの体液には気を付けろよ。溶岩だとでも思って戦え』
溶岩と思え、という隠喩は、意味は分かりはするが我々には無い表現なので少し面白い。
『はい!』ラプトルソルジャーの面々が頷いた。
送り出すエースはあくまでニヒルに『頼むぜ、兵隊さん』と半分冗談で、半分本気で激励する。
『……さぁ行くぞ!』
コマンダーは、エースの言葉を何とも言えない表情で受け取り、それに関して何にも言わないまま配下を引き連れて闇の中に消えた。
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