第217話 竜と猿のPK戦(中編)

 サウロイドが放った5本の鉄心レールガンは易々と月の重力を振り切り、マッハ20で軌道上のアルテミス級二番艦デイビッドを襲った!


 ガンガンッと鋭い揺れが5連発でブリッジを襲ったものの、アルテミスの堅牢で長い船首クチバシはそれを受け流すことに成功する。船首の滑らかな曲面に鉄心は受け流され、艦体と鉄心は互いにし合っただけで、あとすれ違ったような形だ。

 ただとはいえ、マッハ20で飛んできた45kgの鉄心の衝撃はすさまじく、その1%ほどの運動エネルギーを受領しだけで二番艦デイビッドは自転を始めてしまった。だから――


三番艦ソロモン頼む!敵の位置座標は分かっているだろ!?」

 二番艦の艦長の真之は、併進する姉妹に応戦射撃を頼った。体勢を崩されていない三番艦ならすぐに反撃可能に違いないからだ。

射撃修正エイム中だ、黙っていろ」

 三番艦の艦長のヨーコは、ひどくニヒルに日本語で応じた。


―――そんな二人のやり取りが、そのまま宇宙クジラの動きに反映されていたから面白い。

 月面に対して逆立ちする形で航行する二隻のうち、全身のブースターを吹かして自転を止めようと四苦八苦しているのが二番艦で、対照的に、まるで矢を射る前の精神統一のように沈黙しているのが三番艦であったのだ。


 ヨーコが乗り移ったように冷静な三番艦……と、次の瞬間。

 三番艦は、両翼に一門ずつ装備されたASGS120mm砲を轟かせた!


――――――

――――


「隊長!」

「おお、あれは!?」

 それを見たのは、地上にいた揚月隊だ。

 いつ狙撃されるか分からず命辛々いのちからがらにジョージ平原を疾走する彼らの視界の上端から二対の火線が降ってきたのである。まるで彼らの背後の天空に破壊の天使が現れ、その両翼に炎の尾を引きながら彼らを追い越していったようだった!


 二本の炎の尾は地平線まで伸びていき、その刹那

 ドドーン!

 が起きた。


「おぉぉ!!」

「やったか!?」

「いや、だと!?」

 平原を走る歩兵達の感想はまちまちだ。もっと大規模な空爆支援を期待していた者もいるだろう。しかし

「あれは目くらましだ」

 ノリスは月面を最も迅速に移動できるウサギ走法でビョンビョンと走りながら、動きこそ間抜けだが声は厳しく言い放った。

「いまのうちだ、急げ!」



 竜と猿のPK戦は、猿が先取点を上げた。

『7番砲台に命中したもよう!信号途絶!』

 サウロイドの指令室は慌てた。

『なんだと!?』

『あわせて、7番の送電網に異常発生。臨時で遮断します』

 120mm砲は落胆するサイズだが、非常にはある。2033年にまがりなりにも軽戦車ほどの主砲を備えた宇宙船をこしらえた人類を称賛し「命中率を極めた現代戦闘において過剰火力は必要ない」と擁護してやっても良いだろう。

 現に、サウロイドのMMEC砲台を一基潰したのだから。


『サイズにしては破壊力がすごい。やはり彼らの化学はあなどれない…』

 レオは首を振った。

『榴弾でしょうか!?しかも直撃とは!』

『直撃なんかするか、あんな遅い弾速で』

 必要以上に怯える砲術士官副長代理にザラ中佐が言う。

『近くに着弾して爆発でやられただけさ』

『ええ、そうですね』

 レオは副長代理に代わって会話を引き受け、そのまま

『コチラも応戦してください』

 とザラを促した。


『承知です』

 分かっていますよ、と喰い気味にザラは応えた。彼は今までの倦怠感は嘘のように活き活きと指揮を執っている。

『充電は?』

『1-5番は20%。損傷した7番を除き6-12番は80%、あと10秒です』

『作戦変更はない、各個撃破でいく。、今度は乙を狙え』

 さきほどレールガンで攻撃したのは甲(二番艦)で、その甲は尚も飛行を続けているものの今し方の榴弾砲は乙(三番艦)によるものだったので、サウロイド達としては「甲は、轟沈とはいかないまでも傷ついて艦砲射撃ができない状態になったんだろう」と判断したのだ。

 牙を折った甲は無視して、今度は乙を狙おうというのである――!

『了解!

『6番から9番、目標を乙に変更!』

『各砲台、発射準備ができ次第、報告されたし』

 ザラはそう下命したあとで、声のトーンを落としてレオに向かってだけ付け加えた。

『司令…。甲にとどめを刺すより、私としては乙を叩いてしまいたい。まぁ、もし反撃があったとしても悪しからず…』

 全砲門で乙を狙うとすると、もし甲が健在であった場合にはモロに反撃を受けるがそれでも良いか――とザラは言ったわけである。

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