第333話 民間出資の月面コロニー案
その大きな陥没穴は、サウロイドが放棄した第二月面基地への入り口である。
ティファニー山とジョージ平原の境目のあたりに突如ポッカリと開いた直径4mもの大きな縦穴があり、その下には地下洞窟が広がっているのだ。そして、この洞窟の奥に2つ目の
――――――
そして、事情を知らない人類が第二基地を奪い調査を始めて30日が経った、その日――。
「待て!お前は誰だ!?」
物語はある男の来訪で動き出す。
第二基地の地表部分はいま、陥没穴を中心に半径40mものアンパン型のドームで覆われている。ドームの中には、調査研究員あるいは建設作業員の寝食のためのコンテナ型の仮設居住ユニットが、陥没穴を取り囲むように
けれどもドームの天蓋となる超硬繊維の化学
吹雪の山小屋で、離れの倉庫から薪を取ってくるためにトレーナー1枚の軽装で外に出てダッシュ……そんな雰囲気である。
これはありがたいことだ。
なお、このドームシステムは民間発案の月コロニーの建設案の一つで運用試験も兼ねているが、現に住まう科学者達には好評である。
そんなドームに新しい来訪者がきた。
「待て!お前は誰だ!?」
上記の通りドーム内は与圧されているので、恐怖が混じった怒号は音として響いた。
来訪者を止めたのは、軽装月面服を着て居住ユニットの外壁を点検していた男だった。彼は長くユニットの外で作業をするがために月面服を着ているのだが、ドーム内は与圧されているので、誇張して言えば酸素マスクと厚着ぐらいでかなり軽装である。エベレストなどの登山の装備に似ていた。
「…連絡は行っているはずだが?」
足止めされた男は普通の月面服を着ている。もちろんヘルメットのバイザーは宇宙放射線をカットするミラーコートになっていて顔は見えない。
「聞いていないぞ?」
「お前がただの保守点検員だからだろう…」
ヘルメット越しの会話なので必然的に両者とも大声で喋っているが、男の声はどこかクールだった。
「馬鹿な事をいうな!月にそんなつまらない人間などいない。俺は科学者だ」
ユニットの保守点検員だと言われ男はムキになって「点検員は科学者よりつまらない」と酷いことを言ったが、言わんとする事は正しい。月で一人の人間が生活するには一日に100万ドルかかると言われている。南極越冬隊のように全ての人間の全ての営みは‟兼任”であり、科学者が夕飯の支度もユニットの保守点検も、はては掘削作業だって自分でやらなければならないのだ。
「そうか…怒るな」
男はつまらなそうにドームの天井を観察しながら、言った。科学布を通して、白濁した宇宙が見えている。
「そういう意味では俺は科学者ではない。貴様の言うつまらない人間さ。科学者様が怒るほどの相手でもないだろうよ」
「……あ、ああ、わかった。わかったよ!すまない」
来訪者のチクリとした嫌味に、ユニットの点検をしていた科学者の男は、自分の度を過ぎた言葉に気付いて詫びた。そして同時に、ここまでのやりとりで特に来訪者の正体の説明は無かったのにも関わらず、妙に「敵ではないようだ」と納得してしまったよ。
「いやね。すまないよ。このドームを狙おうというテロリストはあり得る話なんだ」
科学者は体のこわばりと、構えていたスパナを下ろしながら言った。
「冗談じゃなく、わざわざ月まで飛んできて破壊活動をしようっていう、おかしい連中がいるんだ。ここは民間の出資が半分以上だからね」
「ああ…知っている」
「でも利益なんか産まない。月にamazonやSpace-Xの旗を立てたいというのは、人生あと1000回分は遊んで暮らせる資産を持ったビリオネア達の最後のゲームだ。『月には地下資源が~』なんていうのは嘘さ。土壌にはチタンは含まれているが、それを集めたからといって労力に見合うものじゃない。彼らの野望だ。アレクサンダーがヒマラヤさえ越えて、インドまで行きたがったのと同じさ」
「それも…知っている」
「だからテロリストは完全に思想犯だ。石油みたいに利権が絡むとかじゃあない。大富豪による月の研究を止めようという思想犯だ。ラプトリアンが見つかった事で、人類はおかしくなっちまったんだな。全ての宗教観は台無しだ。月の研究は宗教の破壊者とイコールなんだ。…まったく
「ああ…」
そう――
エラキ曹長(ラプトリアン)とリピア少尉(サウロイド)が生きたまま捕虜となった事は、人類を大いに動揺させていたのだ。
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