第74話 雷竜の午後(中編)
何頭もの仲間が連れて行かれるのを目の当たりにしてもなお、無抵抗に
思ったが、やはり思い直した。
一概にそれを不幸だと決めつけるのは、価値観の押しつけかもしれない。自分達の価値観で物事を捉えているから、家畜を不幸だと思っているだけかもしれない。
家畜を哀れと決めれるのは、家畜だけだろう。
『………いや』
しかし、エースの考えは思索は深まる。
暇を持て余す者の特権だと揶揄する事もできるが、人として大事なことでもあると筆者は思う。(人ではなく
彼は自分の中に感染していた‟回避型の詭弁術”という流行病に腹を立てた。
価値観の押しつけだ――という全方位的な模範解答で目を逸らそうとしている。本質やイデアを考えないようにしてやがる。
人それぞれだ――というのは考えないようにする狡い呪文だ。
これはなにも難しい話ではない。
たとえばアナタが映画の話をしているときにも、こういう輩には遭遇するはずだ。アナタが「あのシーンはこうした方が良かったんじゃないか?」と意見をしても ――そして何より意見とは相手ともっと会話をしたいという根底があるのに―― 回避型詭弁術に感染してしまった人は「人それぞれだ」「価値観の押しつけだ」として一刀両断にする。
意見を聞かないだけでなく、議論という行為自体を容赦もなしに一蹴してしまう。そこに、他者との意見を交わして高みに至ろうと思考はない。彼らが唯一受け入れる意見は「同意」のみだ。その姿勢は「自分こそが世界の真実である」というひどく高慢で哀れで孤独なものだが、それにすら気付けない阿呆なのである。
この流行病は、最近サウロイドの世界でも猛威を振るっていた。
だから彼は溜息交じりに、議論を避けるなと首を振った。
『本当に…』
本当に、価値観の押しつけ、と言えるのか?
彼は呟いた。
――確かに感情はその人のものだ。
――ならば人工交配の結果、鎖で繋がれたまま一生を終える事を不幸だと感じないように遺伝子操作されている家畜は不幸でないと君は言うのだな。
――本人が不幸だと感じていないから、不幸ではないのだろう、と。
――本人が不幸だと感じていないのに、不幸だと断定するのは価値観の押しつけだ、と。
彼は結論の前に、甲虫茶を一口やった。
『……哀れだと気づけないのが、哀れなのではないか?』
彼はそうして結論した瞬間、不意にあの月面で戦ったエイリアンの事が頭によぎった。
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