第215話 宇宙クジラの逆襲(後編)

 アルテミス級宇宙戦艦の二番艦デイビッド三番艦ソロモンは、サウロイドの月面基地の上空に侵入した。

 対地ミサイルを使い果たしてしまっていた両艦は、自らが的になる事で基地の制圧を目指して突撃する歩兵隊(揚月隊)を援護しようと考えたのである。つまり敢えてレールガンの的になる事で、銃口を歩兵かららせようとしたのだ。


 その目論見は成功した。

 ポーンを守るためにクィーンが盾になったのなら、普通のチェスプレイヤーならクィーンを狙うに違いなく……サウロイド達もまた自慢のレールガンでを狙ったのである。しかし――!

 ほとんどアルミで出来ているような華奢な宇宙戦艦がレールガンの暴力に耐えてしまったのである!


――――――

―――――


 さて、話を現時刻リアルタイムに戻そう――。


「反撃!」

 レールガンを耐えたとみるやボーマン司令は叫んだ。

「了解!」

 艦長の真之が受命した。

「SAL!月の法線を基準に姿勢制御だ!」

 「反撃」の一言には「船の姿勢を正せ」という意味が含まれている。レールガンに加えられた衝撃インパルスで艦体は自転を始めてしまっていたからだ。

「計算完了。どうぞ」間髪おかずにスーパーコンピュータのSALが応えた。

「各部ブースター最大出力!」


 ゴォォ!!

 船にとっての体脂肪のように大切な燃料を盛大に噴射して、二隻のアルテミス級は回頭した!

 宇宙の黒を海水に、月面を灰色の海底にして舞う流麗な船体は、まるで二頭でダンスするマッコウクジラのようだった。

 そしてまさにその通りに、マッコウクジラの鼻先がダイオウイカとの戦いで擦れた傷を負っているように、アルテミス級の船首クチバシにはまるでが残っている…!


 そう、青のクレヨンで引いたような痕…。

 かなり説明が遅れてしまったが、これこそが「アルミで出来たような華奢な宇宙戦艦がレールガンの直撃を耐えた」その理由である。


 アルテミス級は宇宙船にも関わらず空気抵抗を考慮したような鋭角な船首クチバシが備わっており、それがこの船の鳥っぽさ、の一翼を担っているのだが、このクチバシこそがレールガンに耐える事ができた立役者だったのだ。

 アルテミス級の建造について触れたのはかなり前の章なので繰り返すと、この船首クチバシは船体総重量の実に1/3を占める超重量の特殊合金の固まりで、その目的はただ一つ、レールガンが放つ鉄心を逸らすためにあった。

 つまり、ただただ硬い原始的な盾である。

 しかし機能は原始的でも、形状は数学的に計算し尽されていた。

 その盾が美しく、くびれた円錐形なのは何もカッコよさのためではない。マッハ20で迫る鉄心の猛烈な運動エネルギーを正面から受け止めるのではなく、エネルギーを瞬間的に発散させずに、言い換えればのデザインというわけだ。


 ただ実際のところ、この盾が本当にサウロイドのレールガンの鉄心を受け止められるかは確証はなかった。彼らの放つ鉄心が滑らかでなかったら…想定より太かったら…少しでも計算が違えば盾は貫かれていただろう。数学の級数で、ちょっとの値の違いが収束と発散を分けるように、無傷と轟沈は紙一重であったのだ。

 

 そして結果は先述の通り…

 「青いクレヨンで線を引いた痕」が残っただけ、つまり無傷であった!

 船の重量が1.33倍になるリスクを負っても、盾を付けたのは実に英断であった。アルテミス級二番艦と三番艦はレールガンを見事に受け流し、轟沈を免れたのである!


 さぁ、ゲームは続く…!!



『け、健在!』

 ほぼ同時に6-12番砲台の砲術士官から通信が入った。

『間違いありません、敵艦に損傷は認められず!』

 サウロイドの司令室は勝利の確信から、混乱の底に突き落とされていた。それを示すように、さすがのザラ中佐も訊き返さずにはいられない。

『命中はしたんだろう?』

 相変わらず語調は低血圧だが、質問の無駄さが動揺を示している。なぜなら命中かどうかを見間違えるわけがないからだ。

『間違いありません!』

『はい、目視で確認済みです!』

『7番も同様!』


――いったい何が…!?

――まさか当たる前に迎撃したのか?

――いや…マッハ20で向かってくる鉄心を撃ち落とすなど……


 ザラが二、三秒黙って肩に顎を乗せて(人類でいう顎を手でさするジェスチャー)考えている間にも、じんるいの揚月隊はレールガンの脅威から解放されてビョンビョンと迫ってきていた。

『敵歩兵、ポイントBを通過。基地わがほうまで約2km!』

 またそれと並行して1-5番砲台からの催促も来る。

『充電率80%突破!』

『いまの原子炉の稼働状態なら、すぐに充電が終わります」

『先んじて目標の指示を!』


――やはり歩兵を叩くべきか… 


 ザラも含めて「どうする…」という動揺がその場に広がったとき、

『いや作戦の変更は不要です。第二射を進めてください』

 と、スッと穏やかな口調でその場を収めたのはレオだった。この場に彼がいて良かった。

『つまり、敵艦を優先してください』

『また防がれるかも?』とザラ中佐。

 もし何らかの理由で敵艦にレールガンが通らないなら、手堅く敵の歩兵を削った方が良いのでは、という意味だ。

『そうかもしれませんが、そうでないかもしれません』

 レオは冷静だ。

『しかし一つだけ確証が持てる事がある。戦艦かれらが遊覧船ではないことです。もし砲兵あなた達がいるうちに、彼らがフリーでこの基地の上を通過する場合……何が言いたいか分かりますね』

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