野良猫と飼い猫
飼い猫のアンコがじっと窓の外を見ている。
リビングの窓の向こうにあるのは庭だ。そしてその隅に植えてある木の根本で、子猫が丸まっているのが見える。
首輪もしていない、最近見るようになった野良の子猫だ。暑さのせいか、あんまり元気がないように見える。
「にゃー」
アンコが窓ガラスを叩く。
「あの子が気になるの?」
「なー」
てしてしと、子猫がいるほうの窓ガラスをを叩いている。あの子も中に入れてやれということだろうか。
「あの子はね……」
そうして窓ガラスを開けると、子猫はびくっと飛び上がったかと思うとすぐにどこかに走り去っていった。
「…………」
「人の気配がするとすぐ逃げちゃうの。飼いたいって人もいるけど、誰も捕まえられないの」
「…………」
「千花、窓閉めなさい」
お母さんがキッチンから顔を出してきた。
「そろそろ宗教の人が来るしね」
宗教の人は最近布教するためにここらへんの家を回っている人だ。昔は普通の人だったが、離婚とか勤め先の倒産とか両親が亡くなったとかいろいろ重なってから宗教にはまったようだ。押しは強くないが、何回も来るのでみんな困っている。
庭まで入り込んでくることはないが、念のためにカーテンも閉めた。
「アンコ、おやつの時間だよ」
「…………」
アンコはじっと、皿に盛られたおやつを見つめていた。
「アンコがいない?」
「そうよ。外に出ちゃったのかしら」
夕方ごろ、お母さんがアンコと遊ぼうとしたら呼んでもこなかったらしい。いつも呼ぶと無言でするりとやってくるのにお母さんが呼んでも私が呼んでもこない。
ピンポーン、とインターフォンが鳴った。
『すみません、そちらの猫っていなくなってませんか』
「あらあらあらあら」
お母さんがすぐ玄関を開ける。立っていたのは宗教の人だ。抱えられている段ボールの中には、タオルの上で丸まっているアンコがいる。
「いつの間にかうちに入り込んでて……首輪に住所が書いてあったので……」
「あらまあ、すみませんご迷惑をお掛けして」
「それで、この黒猫ちゃんが咥えてた小さい猫がいたんですけど、そっちは首輪をつけてないしすばしっこくて捕まえられなくて……こちらもお宅の猫ですか?」
見せられたスマホの画面には、あの子猫が写っていた。
「うちはこの子しか飼ってなくて……多分この子は野良猫だと思いますよ。最近よく外で見るので」
「そうですか。あ、お忙しいところ失礼しました」
「いいえ、こちらこそわざわざありがとうございます~」
宗教の話をされるかと思ったが、そのまま宗教の人は帰っていった。
「アンコ、外に出たらだめじゃないの」
「………」
アンコはぷい、とそっぽを向いて、エアコンの風が当たる位置にあるクッションに移動して丸くなった。
「宗教の人、宗教辞めたって」
「なんで」
「この間の子猫飼い始めたんですって。猫はお金かかるからねえ。お布施なんてやってられないわよ」
数日後、お母さんがどこからか仕入れてきた話を披露した。子猫はまだ人慣れしていないが、涼しい室内から真夏の外に逃げる気も起きないらしく一人と一匹で暮らしてるようだ。
「子猫なんてかわいい盛りだものねえ。夢中になるわよ。アンコのちっちゃい頃はどんな風だったのかしらねえ」
「…………」
私が揺らすねこじゃらしを目で追うアンコはいつものお澄まし顔だ。アンコは私が拾ってきたときは既に成長したあとだったので、子猫時代を私たち一家は知らない。
でも、きっととても大変だったんだろうなと思う。だって雨の日も晴れの日も冬の日も夏の日も、外に一匹で暮らすのだから。
「……あの子にお家をあげれて良かったね、アンコ」
「…………」
ぺし、と前足がねこじゃらしを捕らえた。
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