おっちゃん

『はぁ〜、おっちゃんもう疲れてしもたわ』


 いつの間にかうちの窓辺で休んでいた妖精さんなのかお化けなのかよくわからないそれは、そう言ってどっこいしょとテーブルの上に座った。

「どうぞ」

『すまんなぁ姉ちゃん。いや、よく見んでもえらい別嬪さんやな!』

「どうも」

 ペットボトルのキャップにお茶を入れて渡す。手のひらサイズの真っ黒い体。大きな一つ目。そして頭頂部は摘み上げたようにそこだけツンと伸びている。関西弁らしきそれが本物なのかエセなのかは東北で育った私にはわからない。

『おっちゃん運送屋なんやけどこっちに引っ越して新しい仕事始めたんや』

「関西から来たんですか」

『出身はちゃうけど長いこと住んでたわ。けど仕事の条件いまいち合わなくてな〜。こっちの会社からお誘いあったから引っ越してきたわ。前住んでたところより静かでエエけど寒いなあ』

「雪が降るともっと寒いですよ」

『やっぱり? 関西も寒いけどもっと寒い? 仙台は積もらんって聞いたけどなあ。コート新調せなアカンやろか。今日もなあ、繁忙期に向けて実地調査のお仕事してたんやけど寒くて寒くて』

 今は全裸だが、どうも寒いときはキチンと服を着る習慣はあるようだ。べらべらと言葉を繰り出す黒い人の話をうんうんと聞いていると、『あ』と声を上げた。

『お迎えやってきたわ。ほなさいなら〜。お茶美味しかったわ。すまんな休ませてもろて』

 黒い人は頭頂の"ツン"を引っ張って伸ばす。そして伸びたそれがタケコプターのように回って、体が浮いて飛んでいく。ファンシーだなあと思って行き先を見守ると、空中に何か浮いていた。

 それは、なんとなくソリに見えて、それを引くのは大きな動物に見えるような。ソリに乗っているのはサングラスをかけた老人だ。

「…………」

 運送屋、か。たしかにそうかもな、と思いながらソリが静かに空中を滑っていくのを見守った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る