因果応報/画鋲
靴の中に、画鋲が入っていた。
「あらまあ」
クラスメイトの不動くんは、画鋲が刺さって自分の足の裏が血で染まっているのにそんな間抜けな声を出すだけだった。痛がるそぶりはまったくない。普通に抜いて、靴下を脱いでティッシュを足の裏に当てている。
「これは、アレだな。新品の画鋲を買ってこなきゃいけないな。教室にある、あの透明なケースのやつ」
「なんで?」
「一箱飲ませりゃ反省するだろ? 弱い者イジメは趣味じゃねえが、こんな真似されたら話は別だ」
「さすがにダメだと思うよ」
「えー」
相変わらず暴力的だなあ、と私は思った。
「……で、なんで俺も悪い的な空気なわけ?」
「ほんとに口の中に画鋲1ケース注いだからだと思うよ」
「注いだだけじゃん! 飲めとまでは言ってねえ!
だいたいあんにゃろーがしつこく上履きに下履きに机にロッカーに体操着に画鋲仕込むのが悪い!!! 何回刺し傷作ったと思うんだよ!!!」
「そうなんだよね……」
画鋲事件の犯人はしばらくしたら判明した。同じクラスの、陰気な男子。不動くんの友達がたまたま現場を目撃してご用となった。
「でもなんでそんなに嫌われたの?」
「うーん。ありゃあ俺のことが嫌いっていうより……陽キャ? DQN? なんつーか“俺みたいなやつ“が嫌いなんだな。で、うちのクラスのそれ系の代表格が俺だ」
「だからって画鋲なんか仕込むことないのにね」
「まったくだチクショウ! やっぱ注ぐだけじゃなくてせめて咀嚼させときゃ良かった!」
「過激なことはやめようね」
不動くんを宥める。
「大丈夫だよ。因果応報って、あるからさ」
癇癪を起こしている不動くんをよしよしとしながら、そう私は言ったのだ。
*****
それは、自分の黒歴史。
自分がターゲットにしたクラスメイトには本当に悪かったと思っている。今思えば、たしかに彼は派手なグループのリーダー的存在だが、かといって元から自分にたいしていじめたりはしなかったのだ。
“陽キャだから“なんて理由で攻撃するのは、“陰キャだから“という理由でいじめるのと同じだ。本当に恥ずかしい。
ネットの匿名掲示板に通い詰めすぎて、精神が腐っていたあの頃の自分は本当にダメな子供だった。
成長して、まっとうな大人になった今は、そう思う。
(でもなんで今そんなこと思い出したんだろう)
会社の帰り道で、なんの脈絡もなくふと思い出したのだ。
「ただいまー」
家に帰ると、いつもの妻と娘の「おかえり」が聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのは、娘の微かな泣き声。
「どうした?」
「ああ、それがね……この子の靴に……」
妻の手のひらに乗った画鋲が、妙に禍々しく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます